試験開始30分前。緊張をほぐすために軽く息をはいた。家を出た瞬間からすでに戦争は始まっている。バス内での圧迫された空間に、早くも挫けるかと思った。受験怖い。 鞄の中から参考書を取り出し、試験直前の見直しを始める。重要単語を確認するが全く頭に入らない。うおおお、緊張するなよあたし。なるようになるんだから肩の力を抜いてリラックスしようよ。はい、リラーックスリラーックス!!そう自分に暗示をかけてみるが、やはり参考書の内容は頭に入ってこない。もう泣きそうだ。 「はい、これあげるよ」 『…え?』 参考書を半泣きで見ていたあたしの目の前に、ずいっと手が伸びてきた。その手の上にはキットカットが一袋乗せられている。とっさに顔をあげ、手の伸びてきた方を見ると、ニコッと微笑んでいる優しげな男の子が。 『え、あの、』 「あ、チョコ嫌い?」 『い、いや、好きですけど』 「なら、はい。あげる」 ニコニコ笑いながらチョコを差し出す男の子。あたしは戸惑いながらも差し出されたチョコを受けとる。実を言うとあたしの鞄の中に、既にキットカットは入っている。因みにラズベリー味である。友達が頑張ってこいとくれたものだ。だが、せっかくの好意を断るのも失礼なためありがたくいただく。 あ、そういえばキットカット以外にも、鞄の中にはお菓子が入っていたはずだ。これまた友達が頑張ってこいとくれたものだが。ハッピーがターン、つまり幸せが返ってくるらしいのだ。貰っただけでは申し訳ないので、あたしからもあげよう。そう思い、足元に置いていた鞄から目当てのものを取り出して差し出す。 『あの、良かったらこれどうぞ』 「いいの?ありがとう」 あたしの手からハッピーターンを受け取り、ポケットへしまった男の子。 まさか受験会場でお菓子の交換をするとは。予想外の出来事である。 というかこんな和やかにしてる場合ではない。少しでも勉強をしなければ。あたしは愛想笑いをしながら男の子に軽く頭を下げ、再び参考書を睨み付けた。 この時、不思議と焦燥感は消えており、参考書の内容がすんなり頭に入ってきた。お菓子の交換をしたため、少しリラックスできたのだろう。隣りに座る男の子に感謝しながら、試験前の最終確認をする。うん、いつも通りの力が出せそうだ。 試験監督の開始の合図と同時に、解答用紙へ名前を書き込む。あ、隣りの子の名前聞いとけば良かった。この戦いが終了したら聞こうかな。お礼も言いたいし。そこまで考えてから問題へ思考を移す。お、これ直前に参考書で見たところだ。これ、進研ゼミでやったところだ!!という広告の気持ちがよく分かった。鉛筆がサラサラと進む。順調なスタートに心の安寧は保たれた。 *** 『終わった…』 ひとまず一教科乗り切った。時間ギリギリまで問題を解いていたため、見直しはできなかった。しかしいつもの調子で落ち着いてできたから、少し不安は残るもの、それなりの点数はとれてるだろう。というかそうであってほしい。マジで。 ぐーっと伸びをして一息つく。すると隣りの席の男の子があたしの顔をのぞき込みながら話しかけてきた。 「お疲れ様」 『あ、お疲れ様です』 「どうだった?」 『おかげさまで。お菓子をいただいたことでリラックスして受けられました』 「そっか」 やはり彼はニコニコしていて、とても人が良さそうである。 そして可愛い。男の子に可愛いは変だが、のぞき込むように見られているため自然と彼の大きな目は上目遣いになっており、大変愛くるしい。やめてよ、そんなのイチコロじゃん。いやなんでもない。 「ねぇ、名前教えて」 『え、あ、ナマエです』 「ナマエちゃんね。僕はトウヤ。あ、さっきから思ってたんだけど敬語はいらないよ」 『あ、うん。えっと、よろしくね』 「うん」 トウヤくん、か。この子と一緒にこの学校へ通えたらいいな。それを実現させるためには、残りの教科もいつもの調子で乗り切らなければならない。先は長い。だが挫けるなあたし!あんたはできる子だよ!これまでの努力は報われるよ!! 「せっかく友達になったんだからさ、ここに一緒に通えたらいいね」 『あ、それ今あたしも思ってた』 「本当?嬉しいな」 同じように思っていてもらえるなんて。これは何としてでも合格しなければ。うん、俄然やる気でてきた。このやる気が空回りしないことを祈る。 「ねぇ、受験終わったら連絡先交換しない?」 『も、もちろん!』 「良かった。ありがとう」 『こちらこそ』 連絡先を交換するまでの仲になれるなんて誰が想像できただろうか。受験万歳。 いや、しかし待てよ。連絡先が分かるということは合否の報告も恐らくするだろう。となると絶対に合格しなければならない。恐らくトウヤくんは受かる。根拠なんてものはないが、これだけ落ち着いているのだ。それなりの自信があってのものだろう。となると確実に危ないのはあたし。ぬおお、プレッシャー…!どうしよう、大丈夫かな。また緊張してきた。せっかくいいスタートを切ったのに、今からの試験がダメでは元も子もない。 不安から、自分でも分かるくらいに顔がこわばる。その不安を悟られたくなくて俯いた。 すると突然、温かい手があたしの手を包みこむ。 「大丈夫だよ」 『え、なん、え?』 「ナマエちゃんが不安そうに見えたから。あのさ、僕もすごく不安なんだ」 『トウヤくんも?』 「うん。でも、ナマエちゃんと話せたことで安心できたし、それにどうしてもナマエちゃんと同じ学校に通いたいから頑張ろうと思って」 そうか、トウヤくんも不安だったのか。トウヤくんは落ち着いた様子だしきっと余裕なんだろうと勝手に思っていたが、受験だもんね。そりゃ緊張するよね。でも、トウヤくんはあたしと一緒に通いたいから頑張ろうと思ってる、と言ってくれた。例えそれが社交辞令だとしても、嬉しいことに変わりはない。それならばあたしもそれに答えれるよう、頑張らなきゃ。不安がっていろいろ悩むくらいなら、その間に少しでも単語を覚えるほうがいい。うん。 『トウヤくん、あたしもトウヤくんと同じ学校通いたいから頑張るね!トウヤくんのおかげで不安も吹っ飛んだよ、ありがとう』 「こちらこそ。じゃあお互い頑張ろうね!」 『うん!』 あたしとトウヤくんは体を前に向け、勉強を始める。 先ほどトウヤくんに貰ったチョコの包みが、ポケットでカサリと音をたてた。 よし、残りの教科も楽しい未来のために頑張ろう! サクラ咲く (合格発表の日) (あたしの携帯から一番に送ったメールと) (あたしの携帯に一番に届いたメールは) (どちらもサクラが咲き誇っていた) ――― 受験生応援小説。これから受験の人に。 だがしかし、やっぱり受験生は勉強してるから見ないよねっていう。 本当はこの話、トウコちゃん夢になる予定だった。けど、いろいろあって急遽トウヤくんに変更。だからちょこちょこ女の子らしいトウヤくんに。 2013.02.21 |