キラキラと輝くたくさんの建物の間を、腕を組み、手をつなぎ、幸せそうに道行く人たち。そこに浮かべる笑顔も輝いていて、少し見ているだけで目が眩む。 こんな所を通っているといつか目が潰れそう。輝きを避けつつ、向かった先は大通りから少し逸れた暗い道。治安も悪いし、狭いし、こんな時間に入る場所じゃない。けど、さっきの道を歩いてるよりはマシだ。運のいいことに今は誰もいないし、暫くはここにいても大丈夫だろう。 お世辞にも綺麗とは言えない壁だが、気にせずもたれかかり、じっと足元を見つめる。
「…あー、バカみたい」
私はポケモンが好き。バトルも好き。相手が強ければ強いほど燃えるし、パートナーのポケモン達と勝利をおさめたときのあの身震いしちゃうくらいの興奮がたまらなく好き。友達もそんな私を応援してくれているし、バトルはせずともずっと側で笑いあえる仲だ。だからあの人だって同じだと思ってた。
「お前とはもうやってけねぇわ」 「え?」 「付き合い始めて一週間だけど、お前バトル狂で話しててもポケモンのことばっかりでつまらないんだよ。技の構成とか興味ないし、そもそもバトルもそんな好きじゃないんだわ。見た目良くても中身がそんなんだと一生結婚できねぇよお前。じゃあな」
楽しく話していた最中に突然告げられ、悲しみや苛立ちなんて湧かず、ただただ私は起きた出来事を頭の中で整理することでいっぱいだった。 いま考えると、余計なお世話だとか、気に入らないことがあったならその都度言ってこいよとか、たくさん言ってやりたいことがあるのだが、もうこの思いはぶつける相手がいない。今日の昼の出来事で、もう着信拒否とか早すぎるし一方的すぎるだろあいつ。 確かに私もバトル関係の話がほとんどだったけど、笑顔で頷いたり、俺もバトル見るの好きだよって言ってたじゃん。…あ、これ付き合う前と付き合ってはじめの二日だけだったわ。その後は確かにつまらなさそうだったな。けど、あの時はバトルの話に興味ないとか思わなかったから、私の技の構成が気に食わなくて不機嫌なのかと思ってた。なんだよ、バトル自体別に好きじゃないのかよ。それなら最初にそう言ってよ。そしたらバトルの話だって控えたのに。ていうかバトル狂でつまらないとか…。
「バトルが好きで何が悪いんだ」 「俺も好きだぜ!」 「え、は?」
ぽつりと零した文句に、まさか返事があるとは思わなかった。予想外の出来事に間抜けな声が出てしまった恥ずかしい。そんなことより声の主は誰だ。ようよう、姉ちゃんおかね持ってねぇか?オレ今すっかんぴーなんだわ。的な兄ちゃんか…?
「俺、サトシ!こいつは相棒のピカチュウ!」 「あ、えっと、私はナマエ」 「ナマエか!ナマエはバトル好きなんだよな?」 「あ…」
サトシと名乗る男は、笑顔で簡単な質問を投げてきた。 バトルは好き。けど、それは誰にでも伝えていいんだろうか。たしかに目の前のサトシという男はバトルが好きだと言った。でもそれが嘘だったら?ここで私が素直に、バトル大好きバトルガールだぜ!とか言って冷ややかな視線を送られたら私もう立ち直れない。
「ナマエ?」 「サトシはさ、バトルのどんなところが好きなの?」 「ん?そうだなぁ…たくさんあるけど、やっぱりこいつたちと一緒に強くなれるところかな」 「一緒に…」
ふむ、どうやらサトシは本当にバトルが好きらしい。大好きな仲間とするバトルに意義があるのだろう。私もそう思う。この人とならバトルの話、できるんじゃないかな。私のことも受け入れてくれる気がする。そっと腰のボールに手を伸ばすと、安心しなよと言うようにカタカタと震えるパートナー。 そうね、そうよね。女は切り替えが早いって言うし、前に進むことが大切よね。カチッとボタンを押すと、待ってましたと出てくる私の相棒ギルガルド。これから起こるであろう事柄を予測して、オレに任せろと言わんばかりのドヤ顔を向ける。 もうあの人のことは忘れよう。相性が悪かったのよ。
「ギルガルドか!」 「えぇ。この子が私の相棒。ねぇサトシ、私もバトルが好きなの。ポケモントレーナー同士、バトルしない?」 「オーケー!」
充実したバトルをするために、狭い路地裏から広場へと一歩踏み出す。とたんに明るくなる視界に一瞬くらりとしてしまう。そんな私の背を支えながら前に促す優しい手。その優しさに視界が少しぼやけて、咄嗟に上を向く。そこには街の明かりより輝いているいくつもの煌めきがちりばめられていた。 明かりを見てももう鬱々とした気持ちにはならない。むしろ今からのバトルに胸は高鳴るばかり。 思い切り深呼吸をしてから、彼を見据える。
「行くわよ、ギルガルド!!」 「いくぜ、ピカチュウ!!」
ここいら一帯が一番光っている気がした。
Boîte de bijou
ーーー 場所はミアレシティのつもり。
2015.11.12
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