その他

□松野家長女
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「こんばんは、松野の…妹さんかな?」

ズギュン。ハートが撃ち抜かれた音がした。


玄関に寝転び、なぁにが何も無し男だよぉ!!と喚くトド松兄さん。面倒臭いな、この酔っ払いめ。ヘロヘロのぐでんぐでんになるまで何故飲み続けたのだろうか。いい大人なんだから酒にのまれないでおくれよ。
こういう時、たいていは筋肉に愛し愛されたカラ松兄さんか、ある種の才能が桁外れの頼もしい十四松兄さんが運んでくれるのだが。生憎兄たちは銭湯に行っているため私が部屋まで運ばなければならない。成人男性をか弱い乙女が運べるだろうか、いや無理。カラ松兄さんや十四松兄さんと違って、私は鍛えていないのだ。私の筋肉などお飾りにすぎない。むしろ飾れるほどもついていない。そこには柔らかなお肉がついているだけである。ああ悲しみ。
いっそこのまま兄たちが帰ってくるまで玄関に放っておいてやろうか。そんな私を咎める者はいないだろう。ちょっと冷えるかもしれないけど、我慢してねトド松兄さん。せめてタオルくらいはかけといてあげよう。布団?いや、布団持ってくるのがしんどいめんどい。

ま、成人男性なんだから玄関に放っといても平気だろう。と酔っ払いを放置して部屋に戻ろうとしたところ、ガラガラッと玄関の戸が開いた音がした。

おや、兄さんたちもう帰ってきたのか。ちょうどいい、この酔っ払いを運んでおくれ。そう言おうと思ったが、目の前に現れたのはうちの兄たちとは似ても似つかない、少し眠たそうな目の、優しげなイケメンだった。そして私はハートを撃ち抜かれたのだ。

「あ、こんばんは。松野のご家族、妹さん、かな?ごめんね、勝手に入って」
「い、いえ!とんでもないです!」
「ありがとう。あ、僕あつしです。松野と一緒に飲んでたんだけど、酷く酔ってたから代行でここまで送ったんだ。家の前まで着いたら松野、一人で帰れるって言ったから帰したんだけど、結構フラフラだったし少し家の前で待たせてもらってたら、家に入っても暫く玄関から松野が叫んでるのが聞こえてたから入ってきちゃった」

そうか、これがトド松兄さんいわく、一軍のあつしくんか。こんな酔っ払いをわざわざ家まで連れ帰ってくれるなんて。しかもずっと玄関にいるトド松兄さんを気遣ってきてくれるなんて。なんだよ、イケメンは中味までイケメンかよ!ありがとうあつしくん。ありがとう神様!ついでにこんな素敵な友人を持つトド松兄さんもありがとう。今日ばかりはへべれけに酔ってる兄さんに感謝しよう。よくぞ叫んだ。よっ!いいぞ、酔っ払い!!あつしくんに一番感謝すべきなのはトド松兄さんだけどね。後日うちに呼んでもてなせ。その場に私も呼べ。下心が見え見えである。

「松野の部屋ってどこかな?あれならリビングとかでもいいんだけど」
「え、あ、そんな!悪いです!トド松兄さん重たいでしょう!」
「ははは、これでも男だからね。松野結構小柄だし、男一人くらいなら余裕で運べるよ」

ズギュンズギャン。またもハートは撃ち抜かれた。もう穴あきまくりだわ。俺のハートは蜂の巣だ。…やめようカラ松兄さんの真似は、怪我しちゃう。
あーあ、そんなへべれけ兄さんなどほっぽって、私をお姫様だっこしてほしい。トド松兄さん場所かわれ。どう考えたってヒロインポジション私でしょう?トド松兄さんはよそこかわれ。ヒロインを差し置いて一軍にお姫様抱っこされるとかどういう補正もってるの?異世界転生特典でもつけてもらった?
一度トド松兄さんをジト目で見てから、あつしくんをリビングへと案内する。その間もトド松兄さんへの恨み言は心の中で唱え続けている。しかし残念ながらトド松兄さんの歪みないヒロインポジションによりリビングへついてしまった。あざトッティ。

「とりあえずここへ寝かせるね」
「はい。すみません、わざわざ。私一人だと運べなかったので助かりました!ありがとうございます!」
「ううん、僕が一緒にいながらここまで酔わせてしまったから、僕にも責任あるしね」

おい、あつしくんは天使か。そうかこの人が天使だったのか。うちの六子で言えば十四松兄さんも天使ポジションであるが、十四松兄さんが霞んで見えるくらいあつしくんは大天使であった。よその酔っ払いやろうをリビングまで運んでくれる人、そうそういないよ?むしろあつしくんだけじゃないかな。トド松兄さんはまじでどこでこんな素敵な人ひっかけてきたんだ。ニートのくせに。

「あつしさんには責任なんてないですよ!ほんと、この愚兄がやらかしたことなので。こんな遅くまですみません」
「いいんだよ。それに、素敵な出会いもあったからね」
「えっ?」
「松野にこんなに可愛い妹さんがいたなんて知らなかったからさ。松野も教えてくれたらよかったのに」

おおおおおいいいい!!!聞いた?ねぇ聞いた?!天は!我に!味方した!!!
可愛いだなんてそんな。一軍のあつしくんに言われたら全力で照れる。例えそれが一軍のあつしくんにとって言い慣れたお世辞の一つだとしても、イケメンに言われたのだから嬉しいことに変わりはない。女は総じてイケメンに弱いのである。たぶん。少なくとも私はそうだ。ちょろくたっていい。なんてったって相手は一軍様ぞ。自分のこういうところに六子の妹であることを痛感する。表に出すか出さないかの差である。この差は大きい。

「可愛いだなんてそんな。あつしさんこそ、とってもかっこいいです。愚兄にこんな素敵な友人がいたなんて、はじめて知りました」

下というのは大概上のいいところを盗んでうまく活用していくものである。このあざとさは横で寝ているトド松兄さん譲りである。女はしたたかに生きなきゃねっ、とハートを飛ばしながら私にレクチャーした彼も、まさか自分の友人にその成果を発揮されるとは夢にも思わなかっただろう。
ただ、一軍である彼には効果はいまひとつかもしれないが。むしろ気持ち悪がられたら反動で私に大ダメージだが。

「はは、ありがとう。 でも、素敵なのは松野のほうだよ。こんなにしっかりした妹さんがいるってことは、きっと素敵なお兄さんなんだね松野は。って君も松野か。ややこしいから下の名前聞いてもいいかな?」
「え、あ、ナマエです!」
「ナマエちゃんね。可愛い名前だね。ナマエちゃん、よかったらLINE交換しない?」
「あ、はい!是非」
「ありがとう。なんだかこのままナマエちゃんと離れるの、寂しくなっちゃってさ……」

ズガガガガン。この穴だらけの私のハート、どうしてくれよう。この穴はあつしくんにしか埋められないよ!さあ早く婚姻を!!!
恐らく一軍あつしくんは女の子を喜ばせるなんて朝飯前なのだろうが、それでも大して男慣れしていない私はいちいち過敏に受け取るのである。
寂しくなっちゃってとか言われたらもう恋するしかないだろ。会った瞬間から恋には落ちていたが、この一言でゾッコンである。君に夢中。アイウォンチュー。絶対手に入れる。

「LINEありがとう。また送るね。あ、よかったら今度食事でもどうかな?」
「ぜ、ぜひ!いきましょう!」
「うん、行こう。じゃあまたLINEするね」
「あ、はい!今日は本当にいろいろとありがとうございました!」
「こちらこそ。それじゃあまた。おやすみ」
「お、おやすみなさいっ!」

今日はなんて素晴らしい日だろう!!今年一番の良き日である。新たな出会いに感謝。アーメン。
すやすやと眠るトド松兄さんの顔を見ると、あつしくんのことを思い出してにやけてしまう。
いつご飯行けるのかな。私はいつでも空いてるんだけどな、予定。埋まっててもあつしくんのためなら予定ぶち抜くんだけどな。
兎にも角にも次の作戦を考えねば。
六子譲りのずる賢さでうまくあつしくんをゲットしていこうと思う。ああ人生ってたのしい!!!


はいはーい!
松野家長女!
松野ナマエ!
夢はハッピーな結婚!
養ってくれても、いいのよ?



(たっだいまー)
(さっき家から出てきた人は誰だ?)
(未来の旦那様)
(はっ?!どういうこと?ねぇ、どういうこと?)
(しーらない。トド松兄さんに聞いてー)

2016.07.17


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