私には彼氏がいる。しかしその人は非常にそっけない、冷たい、私に無関心。抱き付いても無視される。…ちょっと待って、これ付き合ってるのか怪しい。いや、ちゃんと告白してオーケーもらって、たまにはデートに行ったりもするから確かに恋人ではあるのだけれども。しかしデートの回数は半年経っても片手で数えられる程度である。 常に視線は機械に向けられ、私は空気と化している今日この頃。なにそれ悲しい。 彼は仕事が忙しく、そして何より機械が好きだ。それは重々承知している。そしてその上でお付き合いしている。 が、やはり私だって乙女であり、少しぐらいかまってほしいとも思う。しかしこのかまってほしいというのは、私と仕事のどっちが大事なのよ!!というヒステリックなものではなく、ここ最近、話しかけてもうんともすんとも言われない寂しさからきたものなので許してほしい。せめて返事くらいはしておくれよ。一緒に出かけたりしたいしさ……。 と、思って先日(機械の部品を買いに行くために)日本へ旅行に行ったのだが、これがもう楽しむどころじゃなくて…。そもそも旅行じゃなくて仕事であるとかいう声は聞こえない。二人で日本へ行く、それ即ち旅行である。 そんなウキウキ気分の旅行でなにが起きたのか。 まず私は、カップルで出かけたらプリクラをとらなきゃな!という使命感に駆られ、ゲームセンターへ向かった。さぁ撮ろう今すぐ撮ろう、と思って後ろを振り向くと、何故か奴の姿がない。どこに行ったのかと辺りを見回すと真剣に店員さんと話している彼を見つけた。 これだ、ここが問題なのだ。 いや、ただ話しているだけならいいのだが、何故か彼の手には工具が握ってあり、店員さんが必死に首を横に振っている。店員さんの必死な姿に悪いとは思うが笑えた。もう少し傍観しておこうかとも思ったが、あれ以上あの場をほっておくと店員さんの首がもげかねない。それくらい店員さんは激しく首を横に振っていたのだ。そこで店員さんのためにも私は彼を迎えに行った。 『スパナ、何してんの?』 「あ、なまえ。ウチ、ここにある機会のこと知りたいから少し解体させてもらおうと思って」 『おい、やめろ!』 先ほどまで笑って傍観していたことに、申し訳なさが込み上げる。店員さんごめん。そりゃこんなこと言われたら、誰だって激しく首を横に振るわ。 『スパナ、それはまずいよ』 「なんで?」 『ここは公共の場でしょ。解体なんかしたら周りの人に迷惑だってかかるし』 「じゃあこの機会を買いとる」 『いや、ダメでしょ!いいかげん諦めなさい!』 「ぶー……」 なんだ、ぶーって。可愛いじゃないかこのやろう。しかし可愛いからといって許されることではない。可愛くて許されるのならこの世に警察はいらない。…マフィアが頼るもんじゃないけど。 『ダメなものはダメだからね』 「ウチこの機械いじりたい。いじれないとウチ死んじゃう」 死んじゃうとか…。もう、いちいち可愛いなこのやろう。それなら仕方ないね。いじりたいだけいじり倒せばいいよ!何て言えるわけもなく、私は仕方なくスパナを連行することにした。 『あぁもう、帰るよ!』 「えっ」 結局、やだやだと抵抗してくるスパナを引きずって、プリクラも撮ることなく帰った。嫌なのはこっちだ!くそう、もうちょい日本を2人で楽しみたかった。 ……。と、いう感じで旅行に行ってもあまり楽しめていない。いや、まあ、仕事なんだけどね。部品は買えたから仕事面ではノープロブレムなんだけどね。 兎にも角にも私はちょっとしたイチャコラチャンスすら、うまくいかない。私にはスパナの気をひくのに何か足りないのだろうか。やっぱり色気?スパナはボンキュッボンのお姉さんのが好みだったのか。いやでも、だったら何で私なんかと付き合った?まさか、暇つぶしとか。いや、スパナに限ってそんなことは…。じゃあ何なんだよ。分からない。 「よし、終わった。なまえおまたせ。…なまえ?」 これはもう、仕事を放棄してどこか遠い所に行ってこよう。私は自分探しの旅に出るのだ。そして自分を見つけてから再度スパナに挑もう。 「なまえ」 でも、そうしたら正ちゃんがまたお腹痛くなるんだろうな。それは可哀想だ。ただでさえダメな上司のせいでいつもお腹痛めてるのに。あの上司はいつも正ちゃんをいじめすぎである。あんな上司はマシュマロの海に溺れれば良いのだ。…やっぱり喜んで潜りそうだから却下ねこの案。 「なまえってば」 『ふおい!』 「何回も呼んだのに」 『おっ、おぉ、ごめん。全然気付かなかったよ』 遠い目をしていたであろう私の前に、突然スパナが現れたので驚いた。近付きすぎだよ、視界がスパナで埋めつくされたよ、心臓に悪いよ。でもごちそうさまです。 『で、どうしたの?』 「終わった」 『何が?』 「モスカの整備」 『あぁ、なるほど。お疲れさま』 「うん」 モスカの整備が終わったから話しかけてきたのか。何日ぶりだろう、こうやって会話したの。久しぶりに聞いたスパナの声に嬉しさと切なさが込みあげた。多分、引きこもってる子供が久しぶりに部屋から出てきておはようって言われたときのお母さんの気持ちと一緒。 『あ、お茶入れてくるね』 「いい」 『え、飲まないの?珍しい』 「ウチ分かったから」 『いや、何が?』 「かまってほしかったんだろ?」 『んなっ!?』 何それ恥ずかしい!いや、確かに構って欲しかったけれども! 自分で思うのは平気だが、他人に指摘されるのはとんでもなく恥ずかしい。穴があったら入りたい。 「違うのか?」 『いや、まあ、違わないけど』 「だろ。だから今日から一週間一緒にいる」 『え、仕事は?機械いじりは?』 「一週間分終らせた」 『いつの間に!』 「ウチ、三日間寝ずに終らせた」 『まじかっ!』 じゃあ最近全く返事もなく抱き付いても無視だったのは、一週間分の仕事を終らすため。私との時間を作ってくれるためだったのか。そして睡魔と戦ってボーッとしていたせいか。 私がスパナに構ってほしいの、分かってくれてたんだね。 『やっぱり旅はやめるよ』 「ん?」 『ううん、何でもない。じゃあ一週間たくさん遊んでね』 「うん」 言葉にしなくとも (スパナー、今日はどこに行く?) (ゲームセンター) (え) (今度こそあの機械持ち帰る) (まだあの機械狙ってたのか!) ――― スパナさん難しいっす。精進せねば…。 |