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□恋しい玩具
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一緒に住んでいる彼は、普通じゃない。
恋は盲目とか、そんな言葉じゃ表しきれないくらい、普通じゃないの。
私の考える普通は、好きな人の役に立ちたいと思うこと。好きな人の家族も大切にすること。結婚するなら愛がいるってこと。

普通の定義って、難しいし、いま私が挙げたもの以外にもたくさんの普通はある。それこそ、愛がなくてもお金があれば成立する結婚なんて世の中にたくさんあるし、好きな人の家族といえど、相性があるから互いに嫌悪し合うことだってよくある。つまりそういうのも普通。

結局普通っていうものは、自分が望んでるものや、自分の知っている世界観での話。
だから私は私の望む普通を挙げただけ。

―ガチャ

「なまえただいま」
『おかえりなさい』

あら、いやだ。もう彼の帰宅時間。きっと今から質問の嵐がやってくるのね。

「ねぇ、オレがいない間何してたの?」
『んー、少し考え事を』
「一日中?」
『ええ』
「ふーん。…何考えてたの?」
『…いろいろ』
「いろいろって、男のこと?」
『そういうのじゃないけど』
「けど、何?」
『んー、なんていうか…』

どうしてそんなに気になるの。好きだから?でも私は……。

質問されるばかりは楽しくないの。疲れちゃうわ。
楽しく会話がしたい。私の求めるような会話は、いつからしてないんだろう。
今日のテレビでこんな話があったとか、そんな記憶にも残らないような、平凡な会話がしたい。

「あ、分かった…。オレのこと考えてたんでしょ」

質問の嵐は、いつも彼が勝手に解釈することで終わる。それなら質問しなくていいのに。どうせ私の話なんて聞きたくないくせに。
聞きたいのは愛の囁きでしょ?つまらない日常の話なんかじゃなく、愛に溺れた醜い私の紡ぐ言葉でしょ?
残念だけど、そんな言葉、絶対に言ってやらない。

『まぁ、間違ってないかな』
「やっぱりね。なまえはオレがいないと生きてられないし」
『そうかしら?』
「うん、だってなまえはオレのことが好きで好きでたまらないでしょ。オレがいない間もオレのことばかり考えて」

仲の良いカップルの会話みたい。
でも、違う。
だって…、

だって私は…、

彼が憎くて憎くてしかたないのだから。

「オレが帰ってくるのだけが楽しみなんだよね」

……。

「いつもオレにされるがまま…。だってオレに全てを捧げているもんね」

……。

「そうだよね、なまえ」

にこっと人なつっこい笑顔を私にむけてくる。でもその瞳に光はなくて、自分以外の心なんて映さなくて…。いや、映さないんじゃない。映せないのよね。
あなたは私を愛すが故に狂った。私はもうあなたに人としてなんて見てもらえてない。主人の帰りを待つ、犬。…少し違うかしら。きっと遊ばれるのが生きがいの玩具ね。
私は初めからあなたを愛してなんかいない。当たり前よね。憎んでいるのだもの。
彼は私を手に入れる為だけに私の大切なファミリーをどん底に陥れ、いたぶり殺した。そして悲しいことに私は、命はとられなかった。

おかしな言い方?
いえいえ、そんなことない。だって、私1人だけ生き残るのは耐えられない。それに、心は殺されているもの。

そんなに嫌なら逃げればいい、そう思うでしょう。
でもね、残念ながら私、足が動かないの。
私は彼の玩具だもの。逃げ出したりしてはいけないでしょ。大切な玩具は自分のもとから離れぬようにするのが、普通、みたいよ。

「また考え事?」
『ええ』
「本人が目の前にいるんだから考え事なんてしなくていいのに。なにも考えず目の前のオレだけに集中して」

そう言い彼はベットに座っていた私を押し倒す。

玩具で遊ぶ為に、ね。


恋しい玩具


(あなたが憎い。
でも…それ以上に、何も出来なかった私自身が憎くてしかたないの)


2010.08.18

 
 

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