アヒルが行進している通信簿を見た母からの一言。 「あ、今から家庭教師来るから」 今から友達来るからみたいなノリで言ってもダメだよ母さん。友達と家庭教師じゃ月とスッポンだからね。しかも今からって聞いて無いよ母さん。了承もしてないし。何をやっても成績上がらないの知ってるでしょ。今更家庭教師に頼んだって無理だからね、絶対。 ―ピンポーン 「来られたみたい」 誰が来たのか分かってる?友達や親戚じゃないんだよ。正体不明のおっさんだよ。そんな人を家にあげるなんて神様仏様が許してもこのなまえさんが許しません。 あれ、母さん聞いてた?聞いてないよね。だって知らない人と話してるもの。ていうかいつの間にあたしの部屋に連れて来たんだ。 …ん?母さんと話してるのってもしかしなくても家庭教師だよね。えらいお若くありません?そしてえらいイケメンじゃありません?おっさんはどこ行った、おっさんは。あ、大学生のバイトとかかな。 いや、待てよ。もしかするとま母さんイケメンに騙されてるのかも。わーお、たいへん。母さーん騙されてますよあなた。さぁ、今からでも間に合う、契約破棄しちゃってください。 「でも家の子本当何やっても成績が上がらなくて」 「大丈夫です、任せてください。仮に成績が上がらなかったなら俺が責任をとって娘さんをお嫁にもらいます」 えっ?どうしてそうなった。 大丈夫な要素なかったよね。不安だ、不安すぎる。なぜ成績が上がらなかったらあたしがお嫁に行かなければならないんだ。こわいよ。あまり頭がよろしくないあたしでも、今の会話の流れは間違っていると分かるよ。 これはもう詐欺だな。うちには大金とかないですからねー。むしろ玉の輿ねらってますから。できることなら石油王の第三夫人とかになりたい。 「あら素敵、じゃあよろしくお願いします」 もしもし母さん、今何と?全然素敵じゃないよ。大事な一人娘が詐欺師に嫁入りしちゃってもいいのかな。石油王諦めてもいいのかな?ダメでしょ? もしかして冗談?あぁ、冗談だよね。その場のノリで言っただけだよね。もうやだ、びっくりさせないでよ。縮まった寿命返してちょうだい。 「良かったわねー、これで将来も安泰だわ」 こらこらこら。勝手に娘のパートナーを本人の意志無視で決めないで。というか本当に成績上がらない方で将来見越しているのか。それでいいのか母さん。家庭教師代、いいのか…。 「絶対に娘さんを幸せにします」 あなた仮にも家庭教師ですよね。婚約者じゃないですよね。本当お願いだから話を脱線させないで。 「それじゃあ後はお若いお2人で…。もううちの娘煮るなり焼くなりなんなりしちゃってください」 母さん、その言い方やめてもらえません?お見合いじゃないんだから。別に若いお2人じゃなくてもいいんだよ。母さんが近くでくつろいでても全然いいんだよ。娘の勉強する様子、気になるよね?普段見れない娘の姿、見たいよね?ねぇ母さん! ―パタン やだよ本当。満面の笑みでドアを閉めなくても。それに部屋を出る前の口パク、"がんばれ"って勉強をだよね?決して色恋関連を頑張れってことじゃないよね? もういいよ、腹くくるよ。勉強でもなんでもかかってこいやー。あ、なんでもって言っても結婚とかは無しで。そんなんに戦い申し込まれても負けちゃうから、勝てる気しないから。だからとりあえず勉強で。 「よし、じゃあ勉強しようか…と言いたい所なんだけど当分は無しで」 …はい?無しってなにが?勉強が?いやいやそんなはずは。あれこの人何しにきたの? 「なまえの成績が上がったら困るから」 初対面で呼び捨てすんなし。そして困らないよ。上がらないほうが困るからいろいろと。そう、いろいろと…。 …え、あ?もしかして。 『困るって…』 「成績上がったら結婚出来ないじゃん」 予想的中!って、やだよやだよ、今日出会ったばかりの自称家庭教師と結婚なんてしたくないよ。あんたは一応勉強教えにきたんだろう。婚約するためじゃなかろう。家庭教師代返せ! 「婚約したら手取り足取り教えてやるから。勉強もそれ以外の事も」 おおお、鳥肌すごい。このノリは危ない。母さん呼んでこようかな。でないとそろそろヤバい。負けそう。挫けそう。心が。 「式は何処であげようか。あ、着物がいい?ドレスがいい?」 『式とかいう前に結婚は…』 「大丈夫、必ず俺が幸せにするから」 ニコッて笑った自称家庭教師。…キュンってした自分消えればいいよ。だがまだ負けてない、諦めるなあたし。落ち着いて対処すれば必ずなんとかなる。 『あたしは成績をあげたいんです』 「じゃあ先に婚約しよう。それからお母さんに報告して勉強しようか」 え、なんでそうなったの。異性との会話ってこんなに難しいものだっけ?近所のお兄さんとはまともな会話できるから、あたしが悪いわけじゃないよね? 「はい、じゃあこれにサインして」 ちょ、サインしてってこれ…。 生まれてこの方実物を見たのはこれが初めてだが、知識はあるよ。これ、あたしにはまだ早い書類だわ。 『お断りいたします』 「早くサインしないと退学になっちゃうよ」 『はい?』 どんな脅しだよ。いくらあたしの成績が悪いからって退学にはならないよ。素行は悪くないし。むしろボランティアに積極的に参加しちゃうくらい良い子なんだからね! 「雲雀さんの事知ってる?」 雲雀って…何年か前に並中の暴君風紀委員長だったっていうあの雲雀? 「雲雀さんさぁ、俺の部下的な感じなんだよね」 へぇ…。つまり雲雀さんの権力でお前を退学にするぐらいわけねぇぞってか?何か妙にリアルな話で恐い、やめて。普通に考えるとそんなことできっこない、と言えるのだが。あの並盛最強と噂の雲雀さんでしょ。詰んだな、あたし。 「さぁ、サインするよね」 またもニコッと笑った自称家庭教師。だが数分前にキュンってした時の笑顔とは180度違う、どす黒い笑顔。もうそれ笑顔じゃない。そんなのに立ち向かえる程の肝っ玉は残念ながら持ち合わせていない。なので、 「これで結ばれたね。よし、それじゃあ勉強しようか」 フッ…。完敗です。 成績アップの代償は… (お母さん、俺達婚約しました) (あら、じゃあ今日はご馳走ね) (え、母さん止めてくれないの?) (止めるなんてそんな…逆によくやった我が娘よ) (やっぱりイケメンに目が眩んでたのか、どちくしょう!) |