gest room
□やくそくのしるし
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周囲から聞こえてくるは川のせせらぎばかりで、人の気配はない。
さやさやと頬をなでる風は心地よく、また背後から緩やかに抱きしめてくれる温もりは、
全てを任せてしまいたくなるほど優しく、ユーリは閉じたままの瞳を開く気になれなかった。
ただそれを『気持ちいい』と一言で表現するのでは物足りない気がして、そのまま眠ってしまうのも勿体無くて、
甘えるように抱きしめてくれている腕に擦り寄ると、背後から僅かに笑う気配が響いてくる。
「……眠ってもいいんですよ」
優しい声は、耳元で甘く響く。
その言葉に甘えてしまいたくなったけれど、それでもやっぱり勿体無い気がして、ユーリは重くなっていた瞼をゆっくりと開いて、
今の状況を改めて視界に写した。
辺りは一面の花畑。
森を越えたそこは、小さな小川も流れていて。
花と鳥と川の見事なまでの絶景は、まるで一枚の絵画を見ているかのようだった。
溜まりに溜まった執務のメドが着く頃合を見計らっていたのか、最後の書類にサインをし終えた瞬間、
コンラートが遠乗りに出かけませんかと誘いを掛けて、連れて来てくれた絶景の場所。
このところの引きこもり執務で辟易していたユーリにとって、『遠乗り』は願ってもないお誘いだったから、二つ返事でそれを快諾すると、
コンラートは直ぐにノーカンティーを引いてやってきて、まるでユーリを攫うように、実に鮮やかな手際で魔王陛下を城外へと連れ出してしまった。
遠乗りと言うからには自分も愛馬であるアオに乗るとばかり思っていたのに、まるでそれが当然であるかのように
コンラートと一緒にノーカンティーに跨ってすっぽりと抱きすくめられてしまうと、異議を唱えることすら出来なかった。
そしてそのまま馬上で揺られていると、慣れないデスクワーク疲れと、後ろに感じるコンラートの温もりとで、
ユーリの瞼はどんどん重くなっていったのだが、せっかく久しぶりに2人きりになれたことが嬉しくて、
馬上で過ごす一時すらも眠ってしまっては勿体無い気がして、懸命に睡魔と戦っていたところだった。