煌神羅刹

□Plaisir de Noel
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 館内を出ると辺りは完全に暗くなり、寒さも厳しくなっていた。
 今は、夜の大阪湾を巡るナイトクルーズの真っ最中なので、潮風も相俟って余計に寒さを感じるのだった。


「寒い…」


 夏侯惇は船上にある喫煙所で紫煙を吐き出しながら、しゃがみ込んで体を丸めて寒さと戦っていた。
 昼間が暖かかったので薄着にしてきたが、それがそもそもの間違っていた。エナメル素材が風を通さないとは言え、首元や服の隙間を風は容赦なく通って行く。


「馬鹿者」


 声が降ってくるのと同時に、夏侯惇の首元が暖かくなる。
 顔を上げると一番高いデッキから降りてきた司馬懿が、目の前にしゃがみ込んで自分が巻いていたマフラーを、夏侯惇の首元に巻いてくれていた。
 上質な素材で作られたマフラーは、仄かに司馬懿の体温と香りを残している。


「寒くないのか?」
「何処かの誰かさんと違って、私は平気だ」


 司馬懿は首元にファーが付いたコートを羽織っているが、黒いタートルネックのカットソーに短めの白いジャケット、カットソーと同じ黒のプリーツのミニスカートに、ニーハイのロングブーツを履いている。
 寒がりな夏侯惇には、到底理解出来ないようなファッションだ。


「私は暑さには弱いが、寒さには強い…って、冷たっ!?」
「暖かい…」


 煙草の火を消し、司馬懿に抱き着いてきた夏侯惇の体はどこもかしこも冷えていて、煙草を吸う為に外に晒されていた手が氷の様に冷たかった。


「折角のナイトクルーズなのに勿体ないな」


 司馬懿はそう呟くと、夏侯惇の冷えた体を暖める様に抱き締め返し、自分の首筋に預けられた夏侯惇の頭を撫でる。


「詫びに次は、豪華なクルーズに連れてってやるから」
「間違っても、冬のクルーズは選ばぬ様にな」


 二人がそうしている間にもクルーズは終盤を迎え、船は船首を天保山へと向けた。





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