短編3

□N.I.G.T 2
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狡い。何度そう思ったことだろう。


本当は全部自分の自己満足だったはずで、そこに葵の意思はこれっぽっちもないはずだった。ちょっかい掛けるのも意地悪して困らせるのもうんと甘やかして可愛がるのも、俺がやりたくて、俺の勝手でやってたはずだった。俺が起こすアクションに反応があることが何だか嬉しくて、それだけで満たされていた。麗と葵の関係に特異性があるといってもそれが俺と葵の関係性に直接影響することはない。だから深刻になりすぎるなんてことはなかったし、ただ単純に、それこそ至極子供っぽい好奇心みたいなもので麗と葵の仲を引っ掻き回してみたかっただけだ。


それなのに俺は一体何をしているんだろう。何がしたいんだろう。


こんな風に家に上がり込んだりして。ここに麗が来たら面白くない状況になるのは間違いないのに。


「ルキ、変なこと聞くけどさ」
「何」
「お前、麗となんかあったの?」
「は?」


狡い。こういうところが狡いんだよ。


図らずもキーボードを打つ指先が震えた。
普段頼まなくたって空気なんていくらでも読むくせに、肝心なことは何も分かっちゃいない。俺の気持ちには気が付いてるくせに麗のプレゼントの意味にはまるで気が付かない。俺にこんな柄じゃないことさせておいて、麗となんかあったのって。そんなのお前のせいに決まってんだろ。お前が狂わせてんだよ。無意識に麗に洗脳されたりして。そのくせ簡単に俺にも手懐けられる。お前の無自覚っつー狡猾さが原因だろ






…なんて。


「別に何もない」


湧き上がる理不尽をぐっと飲み込んでパソコンに視線を戻した。
分かってる。葵は狡くなんてない。葵は、あくまで自覚してる範囲内では、麗との関係は仕事の延長線上にあると思っている。それに俺に懐くのだって当然と言えば当然のことだ。


だって、懐かせて可愛がっていたのは俺の方なんだから。


それからしばらくして、葵は先に寝るからと部屋に入って行った。ソファにはブランケットが置いてあって、なんだかんだ言っても優しい、こういうところが可愛くて仕方ないとこの期に及んで思ってしまう。


午前1時を回ったところで作業が一通り終わったので、シャワーを浴びようとバスルームに向かった。


洗面所の鏡に映る己の顔は何とも酷いものだった。まるで自分の心の中のぐちゃぐちゃとした想いが全て現れているようだ。


ふと、自分が何をしたいのか冷静に考えた。こんな家に押しかけるなんて勢いだけの子供じみた行動をしてしまう理由と目的を。


やはり、麗を出し抜きたいのだと思う。葵の事を思うなら手に入れるなどそんな強行手段に出なくたって、特別な関係さえ築けていれば自分は満足していたはずだ。それをさせなくしている、この焦りを生み出す元凶は麗に他ならない。麗を何とかしなくては、葵の言わば洗脳のような状態を何とかしなくてはと、思わずにはいられない。
だけど現実問題そんな簡単に行かないだろう。麗が長い時間かけて無意識に行ってきた葵への洗脳はもはや完成している。それに、メンバーである麗を物理的に引き剥がすことなどできるはずもない。こう言っては何だけど、別に麗に恨みなんてないし、バンドにはあいつが居ないと困る。


でも、それとこれとは話が別。
葵は一緒だと、頼むから平和的にと願うだろう。でも生憎俺と麗はそんなお人好しじゃない。マイペースで自分勝手。仕事もプライベートも望んだものなら必ず手に入れる。だから、仕事には何の支障もないだろう。ここ最近だって実際そうだったんだから。

葵みたいに空気読んでる人間からすると、なんだか分からずヒヤヒヤしてんだろうけど。俺と麗からしてみれば正しく「それはそれ、これはこれ」だ。
プライベートであいつとどうなろうと知った事じゃない。


もう一度鏡を見ると、そこにはさっきより明確にドロドロとした感情が滲み出ている自分がいた。


執着してるなんて麗の事言っておいて。取り合う気なんてなかったはずなのに。どうにかしたいと考えるほどのもんじゃなかったはずなのに。


「すげーあいつに執着してんな」
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