短編3

□LAST DAYBREAK
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「色々持って来た」
「お、さすが。何持って来てくれたん?」
「んー?ビールとこっちはこの前貰った焼酎。俺も初めて飲むやつなんだけど、葵麦好きだから良いかなと思って」
「おー!やばいテンション上がった!」


渡した紙袋を覗き込む葵を眺めながら、我ながら随分と姑息な真似をするもんだなと心底呆れてしまった。


葵から連絡が来たのはつい一時間程前のこと。丁度風呂から出て髪を乾かし終わった後で、何をするわけでもなくぼーっとしていたらLINEの通知音が連続して鳴った。見れば送り主は葵で、ただただ俺の名前を無意味に連呼しているだけの通知がiPhoneのロック画面に表示されている。もうそれだけで居ても立ってもいられなくて電話を掛けたら、5回目のコールで「もしもし」と聞き慣れた声がした。様子からして葵が一人で飲んでいるのは明らかで、そして葵が一人で飲んでいる時は大抵寂しがっている時なのだと言う事も分かっていたから早々に二人で飲む約束を取り付けてすぐに葵の家に向かった。酔った葵をどうにかしようなんて思ったわけじゃない。ただ長年思いを寄せている相手が寂しがっている時に傍に居たいと思うのは当たり前だ。


…というのを大義名分にして、結局のところ寂しがっている葵の傍に居て、最終的には俺自身を必要として欲しいという何とも情けない姑息な考えに突き動かされているに過ぎなかった。


「うるはーあかないー」
「貸して」
「ん」


脱いだ上着を適当に置いて葵の隣に腰掛けると早速俺が持って来たビールに手を掛けていた葵が甘え口調で缶を差し出した。葵は随分と酔っているようでソファの背凭れに深く寄り掛かり虚ろな目で俺を見上げている。濡れたままの髪をくしゃっと撫でてからプルトップを開けた缶を渡してやると、嬉しそうに微笑んで口を付ける。
他の人から見たら可愛くとも何ともないであろう同性の一挙一動が可愛くて仕方ないのだから俺は異常かもしれない。だけどこうして葵が俺を呼び付けてくれるだけで何だか特別な感じがして嬉しいのだ。
そして、寂しがってる時に俺を欲するその気持ちがいつか愛情に変わってはくれないかと毎度毎度思っている。本当に浅はかだなとは思うけれど。


「お前髪乾かさないと風邪引くぞ」
「んーーでも怠い」
「服も。まだ夜は寒いからそんな薄着するなよ」
「だって布団入ると暑いんやもん」


胸元空き過ぎ。
その一言を飲み込んだのは風邪がどうのとかそういう事ではなく自分が全く別の理由でその服をやめさせたいのだということに気が付いたからだ。季節柄最近の葵は下はスウェット、上は胸元の空いた長袖のTシャツを着ている事が多い。何の飾り気もない至って普通の部屋着ではあるが、俺にとったらそうでないから困ってしまう。部屋着だからかいくらか着用感の出ているTシャツは袖口もどことなくヨレていて、何ともまぁあざとい感じに手の甲を覆って指先だけを覗かせている。胸元も同様ですっかり張りをなくした布地が時折左右にズレて片側の肩を剥き出しにする始末だ。何でこんな緩い服を着てるのかと毎度毎度目眩を起こしそうになる程、俺からしてみたら理性との戦いでしかない。
もっとも当の本人は着古して柔らかくなった布地が着易くて心地良いのだと、何ともオヤジくさい理由でその服を選んでいるに過ぎないのだが。


「こんなテレビしかやってないの?」
「やってない。だからお前呼んだんじゃん」
「俺で暇を潰すなよ」
「うそうそ、俺に付き合えるのなんてお前しかいないからさ?」
「はいはい。そうやって言ってれば簡単に俺を扱えると思って」


テレビに目をやりながら手に取ったビールのプルトップを引いてそう言うと、何を思ったのか黙ったままじっと俺を見つめてくる。その視線に耐え兼ねて目線はそのままにどうしようかと逡巡していたら突然肩に頭を乗せて来た。


「何」
「んー眠い」


葵は、たまに、いや結構、こういうことをする。葵が同性愛者なのは昔から知っていたし、抱かれる側なのも知っていた。だからこういう行為にも意味はないのかもしれない。普通の男ならやらないけれど、葵なら意味なく誰にでもやるのかも。
だけど下心があって葵の家に上がり込んでいる俺からしてみたらこういうのは舞い上がってしまう程嬉しくもあり、同時に辛くもある。湧き上がる欲望を抑えるのが辛い、というのもあるし、逆に本当に俺の事をメンバーとしてしか見ていないから無防備にこういう事をするんだろうなと思えば、改めて報われないなと実感して辛いのだ。


「お前、髪の毛濡れてるから気持ち悪いよ」
「じゃあ麗が乾かしてくれたらええやん」
「いいけど寝るなよ?俺今来たばっかなんだから」
「寝ない。今日は朝まで飲む気満々だから」
「じゃあほら、ドライヤー持って来て」
「んーー動けない」


頬を肩に擦り付けて来たと思ったら、そのまま上半身を横に倒して今度は寝そべるようにして膝の上に顔を乗せて来た。
もう勘弁してくれと半ば強引に引き離すと、その場を離れてドライヤーを取りに行く。


あと一秒でもあそこに居たら、今度こそ押し倒してた自信ある。
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