短編3

□LAST DAYBREAK
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「順番が狂った」


安定のヨレたTシャツに身を包んだ葵を暗闇の中で引き寄せて腕の中に閉じ込めると、シャワーを浴びた身体からは仄かにボディーソープの香りがした。
行為の後の倦怠感を熱い湯で流して来たはずが、仕事の疲れなのか単に今日の出来事に頭が付いていっていないのか拭えない疲労感が全身に広がっている。


「お前が順番狂わせたんだろ」
「俺じゃない」
「馬鹿言うなよ。お前があんな風に誘うからいけないんだろ」
「違う、俺はふざけたらお前が言ってくると思った、」
「好きって?」
「うん」


舐めんなよ。
健全な男子があんな事されて好きなんて陳腐な言葉で表現するかよ。男子高校生じゃあるまいし。


そう言ったら何が面白くないのか「まじこいつありえねー」と掠れた声で罵られた。そう言いつつ大人しく腕に収まってる事や、お互い面倒くさがりな男同士なのに順番を気にしてる事が意外過ぎて、単にメンバーとして見る葵と恋愛の対象として見る葵とでは印象が随分と違うのだなと思った。これは一線を越えたからこそ知れた事なのだと思うと、自分が特別な何かになれた気がして清々しかった。


「葵は意外と可愛いね。真面目だし」
「意外の意味が分かんねーよ。俺らの中じゃ考えるまでもなく俺が一番可愛いし真面目だろ」
「強ち間違ってもないけど、種類が違うよ」
「大体ホモだからって男漁りまくってると思うなよ。真面目に生きてるわ」
「いや葵ってなんか男引っ掛けまくってそうじゃん」
「はいはいパブリックイメージね。ふざけんな殺すぞ」
「多分みんなそう思ってるよ」
「本当お前ら最悪だよね。いくら俺に色気があるからってよ。俺はくだらない安売りはしねーからな」
「身体を?」
「お前こそ馬鹿言うなよ」


心。って言った葵は、もうふざけてはいなかった。こういう妙な押し引きの上手さが魔性だと本人は気が付いていないのだろうか。
天然でやっているからやっぱり真面目でもあり魔性でもあるのだと思うのだけれど。


「じゃあ順番通り始めよう」


真っ暗な寝室で葵のベッドに二人で横たわりながら、これから自分に訪れる未来の事を思ってみた。サイドテーブルに置いてあるデジタル時計がピピッと鳴り画面を緑色に光らせた。目を細めて数字を見ると、そこにはAM3:00と記されている。明日…厳密には今日はオフだ。日が高く昇るまで二人で 寝ていても、誰にも邪魔されなくて済む。


「今更かしこまって言わなくても良いよ」
「何恥ずがってんだよ」
「恥ずかしがんねーお前がおかしいんだよ」
「葵、」
「あ?」
「好きだよ」


少し間を空けて、うん、と小さく頷いた。もう勘弁してくれと言わんばかりの困り顔が暗闇の中でもはっきりと見て取れる。
そんな風に恥ずかしがってはいても、あんな勢いで結ばれてしまった事に不安を覚えているのだろう。酔いで本心を隠しながら一世一代のアクションを起こしたものの、いざここまで流れで来てしまうと世の中で言うところの段階を踏まなかった事に少し後悔しているに違いない。遊んでいるようで実はそういう真面目で律儀な側面を持っているところが、この人の可愛いところなのだ。


「もうそういう間柄でもないなとは思ったんだけど、」


順番。本当考えれば考える程可愛いなと思ってしまう。結局の所愛の言葉が欲しかっただけなんじゃないか。そんな風に考えると愛しさが込み上げてどうしようもない。


「付き合ってくれる?」


うん、とまた小さく頷いた。
どんな顔をしているかと視線を向けると、意外にも堪らなそうな表情で俺の胸に顔を押し付けて来た。一体どこで俺を好きになったのかなんて知る由もないが、俺だってあんなにあからさまに特別扱いしていたのだから葵が俺の気持ちに気付くのも無理はなかった。それでいて俺からの告白を待っていただなんて、本当意外にも慎ましいところがあると言うか何と言うか。


「遅過ぎる」
「え?」
「言うのが」
「お前こそ何で待ってたわけ?俺の気持ちに気付いてたならもっと早くにお前から言ってくれたって良かったじゃん」
「は?お前本当に勘の悪い馬鹿だな」
「何で?」
「お前が俺の事好きかどうかなんて正直半信半疑だった」
「いやいや、俺露骨に表情してたじゃん。分かるだろ」
「でもやっぱ違うかなって不安に思うだろ普通」
「いや何でだよ」


ああもうこいつ本当に勘が悪い。
そう罵られて一層意味が分からなくなった。布団の中で頭を抱えた葵とふと目が合って、何か言おうとしているのがすぐに分かった。暗闇の中でも爛々と輝きを放つ二つの漆黒の瞳が俺の目をじっと見詰めている。この目に見詰められると、どうにも逃げられない気がしてしまうのは何故だろう。






「そんなん、俺の方が先に好きだったからに決まってんだろ」


end
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