短編3

□N.I.G.T 2
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「誰か来たの?」


夕方になって予定通り麗が来た。
機材のセッティングをしてもらって、終わった頃には7時頃になっていたのでご飯を食べようという事になった。どうせなら出前でも取って家で飲みながらにしようと誘うと意外にも麗は快諾した。車で来ているのかと思ったが今日はタクシーで来たらしい。


何年かぶりに頼んだピザをちまちまと食べながらビールで流し込む。久々に食べる高カロリーなそれも、2人でなら何だか若い頃のようで楽しかった。が、実際にはそんな呑気に楽しめる程余裕がないというのが現実だ。というのも昨日のルキの一件が尾を引いていて、後ろめたい気持ちと隠したい気持ちでいっぱいだった。ルキの様子からして、麗がルキの気持ちに気付いていてメンバー間で余計なことはしてくれるなと牽制している、そしてルキはそれに辟易していて何となく2人の間に溝ができているという説が濃厚になったからだ。黙っていれば麗にバレる事はないのだから普通にしていればいいのだけれど、正直な話普通にできているのか自分でも疑問だった。ルキが午前中のうちに帰って行った事だけが唯一の救いだ。三つ巴になったら取り繕える自信がない。


ただでさえ俺の脳内はそんな事をぐるぐると考えていたのに、突然、本当に何の前触れもなく核心を突かれて怯んだ。一気に心拍数が上がり、嫌な汗が額に滲む。


「何で?」


咄嗟にそう言ったのがいけなかったらしい。麗はグラスをテーブルに置いて半ば呆れ顔で首を振り、「こういう時は何でじゃなくて、来てないってちゃんと言わないと。半端な嘘は追及されるよ」と言った。


「…来てない」
「もう遅い。どうせルキが来てたんでしょ」
「……うん、」
「まさか告白でもされた?」


隣に座る麗の顔が見れない。ただテレビの音声が沈黙に響き渡る。なぜ突然そんな事を聞かれるのか、なぜルキが来てた事を知っているのか、ルキが麗に話したんだろうか、だとしたら、何故?、この後まさか説教でもされるのかと、様々な思考が逡巡して言葉に詰まった。


「葵って本当に嘘つくのが下手だよね。昔から」
「…あのさ、お前ら最近何でそんな感じなの?なんかあんの?」


もうこうなったら、ルキと別にどうもなってないことや、バンドに支障を来す心配は何もないという事をハッキリ言おうと思った。この鬼教官を納得させて心配を解消さえすれば麗もこれ以上ルキに何か言うことはないだろうし、俺とルキに関しては今まで通りということで昨日話が済んでいるのだから。


「ルキが俺の事、その…好きとかってのは昨日聞いた。でも別にどうこうしたい訳じゃないから今まで通りって言われて、とりあえずはそれで話終わってる」
「今まで通りね…」
「麗、もしかして知ってた?もし知ってて、心配掛けてたなら悪い。まあ、俺が謝るのも変だけど…でも本当何もないし、バンドに迷惑かけたりすることはないから、あんま怒んないでほしいっつーか…」


そこまで言ったら不意に手に持っていたグラスを奪われた。それをテーブルに置くのとソファに押し倒されたのと、どちらが早かったか。


「葵はさ、本当にそんな理由で俺が怒ってると思ってんの?」


麗の長い髪が顔に向かって垂れている。表情は逆光になっていてよく見えない。多分本気で怒っているのだと思う。怒られるであろうことは突っ込まれた時に想像ができていたからか、この状況になった今となっては不思議なくらい落ち着いていた。麗に怒られ慣れているのかも。何てバカバカしい話だとも思うが、鬼教官様の怒りに触れる時は受け入れがたい感情の反面、常にそれが正しい事なのだという確信があって、結果的には麗の言う事を受け入れている自分がいたから今回も例外ではなかった。


この剣幕じゃ一発殴られでもするんだろうかと、だとしたら何故俺がそんな目に?とは一度も考えずに当たり前のように目をキュッと瞑った。
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