短編小説
□花びらは恋の香り
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ガラッとドアが開き、また人が入ってきた。髪をひとつにまとめた、私のお母さんだ。
「おはよう、美波……あら、武広くんもおはよう」
「おはようございます、おばさん」
「もう、毎日ありがとね。武広くんが来てくれると美波も喜ぶわ」
「あーもー、お母さん!」
お母さんはふふ、と笑って、入口の傍に置いてある椅子を二つ持ってきた。真っ白い、面会の人用の椅子だ。
「はい、武広くんの分」
お兄ちゃん……三浦武広くんは、私の本当のお兄ちゃんではない。複雑な家庭というわけでもなくて、お母さんの友達の子どもで私の幼馴染の彼を、勝手にお兄ちゃんと呼んでいるだけなのだ。
お兄ちゃんはお母さんに渡された椅子に座り、足元のバッグからなにかを取り出した。
「あ、花だ!」
ピンクと黄色の可愛い花が、白い紙に包んである。それをお母さんに手渡すと、すっと立ち上がった。
「せっかくの時間を邪魔しちゃ悪いんで、また来ます」
「え、あ、いいのよ? 美波もいてほしいと思うし……」
「アップルパイ食べたから、もう十分」
本当はいて欲しかったけれど、お兄ちゃんは変な所に気を使うから、きっと帰ってしまう。悲しくならないように、強がってみた。
「こら、美波」
「ははっ、また来ます。じゃあな、美波!」
うん、また来てね。小さく手を振った。
いい匂いは微かに残っていて、お兄ちゃんがいたことを証明する。食べ終わったアップルパイのお皿も、洗ってしまうのがもったいない気がした。
「この花、すごく綺麗ね。いつも悪いわ」
棚の上のガラスの花瓶に、可愛い花をさしてくれた。そこはお兄ちゃんの花の特等席だ。
「残り物だってさ」
「いくら花屋に勤めてたって、タダなはずないでしょ。武広くんが気にかけてくれて、良かったわね」
微笑ましそうにそう言って、私の髪を撫でた。お母さんに触られると心がほっとして、なんだか眠くなってきた。
うとうとしながら、色んな話をした。単身赴任のお父さんは元気で、最近水道の調子が悪くて、あと、猫のミーがお母さんになったらしい。少し寂しいけれど、あいつは一生独身かと思ったから、本当によかった。
「美波も眠たそうだから、そろそろ帰るわ。また来るからね」
言いたいことだけ言って、お母さんは帰っていった。一方的に話すところはいつまでたっても直らないが、とにかく元気そうでよかった。
ユキちゃんに話しかけようとして、真剣に窓の外を眺めていたから止めた。なにか面白い鳥でもいるのだろうか。
水道まで歯を磨きに行き、帰ってくるとユキちゃんはいなかった。珍しいことではなかったから、布団をかぶって寝た。