東方 無法禅

□達磨の化身と黒い義肢
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【最も遠い昔:寺】





(…)


どうしよう、と

それが、木彫りの達磨から付喪神(つくもがみ)に成って最初に考えた事だった


思考自体は魔力霊力妖力その他色々がある程度依り代に溜まった頃からぼんやりとしてはいた

ただ、一介の置き物から(手足は無いけど)人の形を取ったとなると、これがまた勝手が違う

付喪神になった途端、思考の質が別物になった様に感じる


まずは状況を把握してみる

目の前に倒れている赤い法衣を着た白骨死体は…今は廃墟となったこの寺の尼の成れの果てで

その眼前に置いてある手紙は…確か尼の大切な人から貰った手紙で

その手紙は…旅先でその者が死んだ知らせだったか

尼はそれを前に死ぬまでそこに座していて




うん 全て終わった事だ

置物の頃は大事にされた様な気がしたが、亡骸となった彼女も今では置物同然 人ではない

置物から人の形に成った今の自分に必要なのは、かつての持ち主を敬う事より先立つものだ


(……)


まずは着るものか

尼が死んでから白骨化する程の年月が経ったが、まだ着られるだろう


(……)


動きにくい

全裸の胴体は肩と股関節から先が無く、宙に浮いている


今まで動き回った事の無い元置物にも、四肢が無い事による不自由さはすぐに察せた


寺に置かれてる間、環境から法力・呪術・薬学は一通り見聞きして覚えられた

棚の上の置物が習わぬ経を覚えた訳だ

そのせいか否か、ともかくその達磨は宙に浮いて漂ったり、物に触れずに動かす事が出来た

その力を使って骸骨から赤い法衣を剥ぎ取り、自分の小さ過ぎる肩(肩も無いがそう表す)に羽織らせた


(……)


置き物だった頃のあやふやな記憶を辿り、尼から少し離れた位置の床板を剥がす

世間知らずな達磨には分からない事ばかりだが、何にも触れられずにバキバキと床板が剥がれる光景には本能的に恐ろしさを感じた


斯くして開いた床下には木箱が一つ
経文が幾重に巻き付けられ、その上から札が何枚も貼られた物だ

達磨が力を用いて経文を解こうとするがまるで揺るがない

そこでまた達磨は乏しい記憶の中からある事を思い出し、今度は尼さんの骸骨を粉微塵に粉砕した


(…手足、要らないんじゃないかな…)


自身の力に感心しつつも、矢張り手足はある方がいいのだろう

優れた法術師にせよ今は粉末になった尼にせよ、或いは物乞いにせよ生活には手足を使っていたのだから


尼の骨粉を一つまみ分振り掛け、自身の曖昧な記憶の中にある、生前の尼が最も使っていた一文を唱える


それだけで群れなす札達はグチグチと腐り失せ、きつく巻かれた経文はだらしなくほどけた

術を解くには術者の骨を用いる
何でもやってみるものである


(……)


蓋を開けると中身は確かに目当ての物だった


作り物の両腕が二つ

作り物の両脚が二つ

肩の関節と股関節からの作りで、その関節からは釘の様な尖りが突き出していた

まるで自分の為に作られた様な品である


早速それぞれを側に浮かせ、鋭い釘を差し込ませ様とする


(……)


“痛い”のかなぁ、やっぱり)


生まれてこの方痛覚等の感覚と無縁で、知識としてもかつての持ち主が何度か痛がる様を見ていたに過ぎなかった為、何が起こるか少し恐ろしくなった

試しに舌を噛んでみたが…うぅん、この痛みより強いのか否か


…まぁ何とかなるだろう


(……)


思い切って、四つの義肢を同時に刺し込んだ







(………)




大丈夫そうだ


少しずつ降り、床に足を着いてみた





















経文の掛かれた布を義手・義足諸とも全身に巻き、その上から赤い法衣を雑に着て、腰に帯を巻き、そこに鉈(なた)と錫杖と尼の骨粉の入った袋を提げ、百年以上過ごした寺を出たのは

実に七年後だった




その七年間、達磨の付喪神は義手・義足の釘が全身の内側をえぐり這い回る様な苦痛に叫び、のたうち回り続けた
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