東方 無法禅

□達磨の化身と紅い牙
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【その昔:とある雪山】





「…」


吹雪

音も景色も封じられ、それでいてけたたましい唸り声に満たされた白闇


そんな雪の暴力の中を橙色の着物と笠だけで凌ぎ、歩を進める人影があった


流石に笠の端を摘んで前屈みに顔を庇っているが、常人ならば後ろ向きに吹き飛ばされるのを堪える事すら適わないであろう

あるいは、寒さでその場に倒れ伏すか




「…」


僅かな風の音に変化を感じ立ち止まる

瞼を上げる事すら躊躇われる中、人でも殺すかの様な視線でもって白闇の向こうを見据える


「!!」


雪や氷の粒に混じって氷柱が二本襲って来た

人影は先程までの様に冷風には構わずに両の腕を…作り物の義手を振るう


振り抜いた義手には錫杖と鉈が握られており、後方には砕けた氷柱の残骸が飛び去って行く



歩を進める



オォォォォ……!!



ならばとばかりに風と冷気が更に勢いを増し、間違いなく二本以上の氷柱が正面から群で襲って来る


「!」


得物を親指だけで掴み、阻む様に掌をかざす人影


それだけで氷柱達は見えない壁にぶつかった様に行く手を阻まれ、引きずり込まれる様に地面の雪に沈んだ



更に歩を進める



「オォォォォ…!!」



まだ来るか



吹き荒れる吹雪は明らかな意志を持った様に流れを変え、人影を中心に竜巻状に形を成した

氷の細かい粒が鑢(ヤスリ)の様に人影を削らんと巻き上がる


「……」


やはり先程の様に氷の粒は見えない壁に阻まれ、人影を中心に円柱状に渦巻くのみであった

それでも人影は得物を仕舞い両手を合わせた


「・・・・・・」


吹き荒れる吹雪の轟音に掻き消されそうな声だが、人影は確かに何かを唱えた


それに応え、凍てつく竜巻は弾け散った


あとに残ったのは竜巻とは逆向きに螺旋を描く経文の帯の幕

それも収まり、ばらけ、出所へと還って行った


渦の中心にいる人影…朱京士郎に


「……」


歩を進める

進める


もはや吹雪も手を拱(こまね)いている様にただただ吹き荒れるだけである
打つ手が無いのだ


「……」


進む 進む 進む



「…、…」




そうして、一人の女が吹雪の向こうから現れた


音も気配も無く、そこらの枯木や岩の様にぼんやり現れた

髪は乱れ、肌や着物は雪の様に白く、表情も冷えきっている


寒さを感情にした様な悲しさが全てを拒絶し、吹き飛ばそうと吹雪となって吹き荒れる


「やっとついた…」


が、京士郎はその事は気にせず歩み寄り、背中の荷物…棺桶を降ろした




「“あんたら"の子供だよ」



大人一人を入れる為の棺の蓋を開ければ、中には沢山の骨壺

幼子の物だ


吹雪が勢いを無くした


「火葬はさせてもらったわよ」


女の瞳が見開かれる

そうしてゆっくりと、しかししな垂れかかる様に棺に近寄り中に手を入れる


そうして抱き上げたのは骨壺でも遺骨でもなく、半透明の赤ん坊


「ウオォォォォォォォォォォ……」


吹雪の様な唸り声だった

喜びか悲しみかは分からないが何か強い感情が篭っていたのは確かであろう


そうして今までにない突風が一瞬猛り狂い、すぐに止んだ


目を上げれば棺の中の骨壺や腕の中の亡骸は女諸共残らず消え去り、視界を遮る吹雪や空を覆う厚い雲も無かった


「…逝ったわね」


一人呟き、京士郎は未練も無くその場を立ち去った





跡には朽ちた人里のみが残り、暖かい日光に照らされていた
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