東方 無法禅

□達磨の化身と白い泥
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【その昔:とある洞窟】





女の喘ぎ声

男の叫び声

獣の鳴き声


骨肉の裂ける音



洞窟の中に作られた集落

その中心にある、今私がいる部屋の向こうから何かしら音が響いて来る


「…もぉーちょい静かにやれないの?」


刀、鎧、骨

さも“戦利品"と言わんばかりに飾られた部屋の真ん中で胡座を書く女…朱京士郎は部屋の奥にいる女に聞いた


「葬式じゃあるまいし、騒がずにいられないよ」


身動きの取りやすそうな軽装の鎧を纏った女は、女と言うには体つきが良過ぎた

朱京士郎が背負って来た、酒を満載した巨大な瓢箪を片手で煽ってる辺りからも彼女の力強さが伺えた

玉座に座した姿も様になっている


この洞窟を根城とする鬼の一団を束ねる彼女は瓢箪から口を離すと額の一角をガリガリと掻いた


「勝利の宴さね」


また女が泣き叫ぶ声が聞こえた



「…私も一応女だからさぁ、聞きたい声じゃないのよ」


「はっはっは、そいつぁ悪い事したね」


あんたも一応女だろ、と言う皮肉だったのだが…


「んな嫌そうな顔するなって… お前さんも人に見せられる様な綺麗事ばかりじゃないんだろ?美食家さん」


「……」


「しっかし…別に私らも隠れてるつもりは無いけど、よくもまぁ毎度毎度探し当ててくれるねぇ…前回は二十年前だったか?」


グビグビ


「…二十四年前よ」


「…ふうん、まぁどっちでもいいよ」


グビグビ


「私にとっちゃ三年前なんだけどね」


「…?どう言う事だい?」


グビグビ


「三年前、あんたのお仲間に同じ“お節介”したばっかなのよ」


「…それで?」


グビグビ


「相も変わらず酔い潰れてたわよ お陰で難しい交渉が余計に進まなかったわ」




鬼と言う種族がいる


つま先から角のてっぺんまで闘争本能と酒で満たされており、他の妖怪や人間達……と言うか動く存在であれば力比べを挑んでは暴れ楽しむ連中である

この連中、こと戦いにおいてはとにかく強い

それこそ神サマの類か各妖怪の大物でも無ければ泣きを見る事間違いない

ましてや、人間ごときがまともに戦って勝てる筈が無い


人間が負けた場合は総じて食い物、酒、そして敗者本人を連れ去られる

そして連れ去られた人間は…



『ア゛ァ゛ァァァァァッ!!?』



「……」


「三日前だったかな? 山賊達が手に入ってね 女の衆も溜まってたのかそれきり手放さないのさ」


だからあんたも…いや何でも無い


「戦利品を食い散らかす為に戦ってるの?」


グビッ…


「まさか」


飲み干した瓢箪を私に投げ返す

本人に悪意は無いのだろうが、瓢箪の重心を弄って勢いを殺して無ければ受け止めた右の義手がもぎ取れてただろう勢いだった


「力比べが楽しいからさ」


響いていた犬か狼の声が不自然に途切れた


「その力比べを周りがどう思っているのか、よ」



今回の仕事
それはとある街で人間を襲い連れ去って行った鬼達を退治し、人間を救出する事である

今までに何度も受けた事のある仕事である


だが、一度として退治した事は無い

しようとした事も無い

そんな事出来ない


鬼達のやってる事が人間にとって理不尽なのは間違い無い

無いが、それは鬼達に限った事では無い

他の妖怪も人間も、少なからず“他"を殺しそれを食らって生きている

それこそ、娯楽で殺す事もある


人間達の訴えが理に適ってるとしたら、人間達も家畜を殺した罪で曝し首だ

むしろ同族同士で殺し合う人間の方が哀れである


ともかく、人間にも妖怪にもどちらにも荷担し過ぎず、常に広い視野を持つべきである


…とは自分に言い聞かせているのだが、如何せん身内を連れ去られた人間に泣きつかれては可愛そうに思うし、その依頼に応え鬼に対すれば鬼は鬼で気の毒に思え始める



早い話、私が優柔不断なだけである
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