東方 無法禅

□達磨の化身と深緑の流星
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【その昔:とある荒野】





臭い


体臭か、唾液か、排泄物か


とにかく、“ここ"と“こいつら"は臭かった


「…うえっ」


だから、腹に手をぶち込み引きずり出した心臓からも悪臭がしたのは当然の事で

どんなに腹が減っててもとても食べる気になれないのはどうしょうもない事で


『ピィィィィィィィィィィィ!!!』


別の一匹が自分に向かって来る


「……」


同類が何百匹と殺されたのが見えなかった訳ではなかろうに
それともそこまで頭が悪いのか


とにかく耳障りなので手にした心臓を投げつける

心臓は標的の醜い顔にぶつかり潰れ、視界を塞いだ


それでも走力が変わらないのは視力に頼っていないからなのか

それともやはり頭が悪いからなのか


その頭を突いた錫杖が易々と頭蓋を貫いた辺り後者だろう
中身が詰まってる感触も無かった


「あと…三、四十匹位かな」


醜い

汚い

臭い


汚物に手足が付いただけの様な“そいつら"はそこら中にいる


これでも片付いた方だ

一週間前までは辺りに一面に比喩抜きに隙間無く敷き詰まっていたのだから


あの光景は人間なら見ただけで死ねる事請け合いである


「・・・・・・・・・…!!」


早口に唱えた経に応えた経文が義手、義足、背後から後光の様にに何十本も吐き出される

それが蛇の群の様に曲がりくねりながら全包囲に突き進む過程で何十ものゲテモノ達が貫かれ、引き裂かれ、そして浄解される


「こんな、もんかなっ…」


経文を巻き取った後には生臭い臭いと死骸、そして血だらけ朱い髪の女一人が残った


「朱京士郎」


名前を呼ばれた女が振り返れば、そこにはメイド服を着た女がいた

人形みたいに無表情で薄気味悪い


「こっちは片付いたわよ」


ともあれ依頼者である

私は腐った臭いの染みた背後の荒野を示す

下半身の吹き飛んだ下衆が足首を掴んで来たので鉈を頭に叩き込んでやった


『!?!?』


「……」


それを見た女は


「ご苦労様」


いきなり手を振るった


瞬間、その手に刃物が見えた


「ちょっ『ギュピィィィィィィィィィィ!!?』


背後の絶叫に振り返れば地面に短剣がドサッと落ちた


いや、違う

赤く染まった短剣を起点にどんどん汚い肉が浮かび上がり、醜い生き物の貫かれた姿が浮かび上がる

姿が現れきった頃にはそいつは九つの目を剥いて死んでいた


「…ありがと」


油断してた

透明になって気配まで消す奴がいたなんて

馬鹿ばっかりだと思っていたが、出る杭はどこにでもいるわね

どの位出てるか知らないけど


「……」


メイドは顔色一つ変えず、短剣を投げた時と同じ表情で麻袋を突き出した

私がそれを受け取るとさっさと回れ右して飛び立ってしまった


「まだ手伝えってんならやるけど?」


職業病と言うか、とっさに言ってしまったが実際には限界間近だった

一週間、不眠・不休で殺し合い続けた事は流石に初めてだった


で、飛び立った契約者はと言うと聞こえている筈なのに微塵も気にせず飛んで行く始末


(…帰るか)


最後に彼女の行き先を一瞥し、その場を飛び去った





背後の山の向こうは轟音と断末魔が響き渡る地獄と化していた


それを引き起こした正体を、私は知らない
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