東方 無法禅
□達磨の化身と山吹色の神木
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【その昔:とある山道】
「……」
明け方
人気も無く鳥の鳴き声も遠く
深い朝霧だけが立ち込める山中を朱京士郎は黙々と歩いていた
「……」
空気は冷たく鋭く、静かで澄みきっている
「……」
一陣の風が吹き抜け、京士郎の笠が吹き飛ぶ
大した風である
京士郎の笠の中には人間の成人男性でも重いと感じる五角盤が仕込まれ、尚且つ顎紐まで留められていたのだから
風が通り過ぎた程度で吹き飛ぶ筈がない
ともあれ、笠はドシャッ、と朝の寒さと霧で霜柱の出来た土に突き刺さった
朱京士郎は揺るがず立ったままだ
三人の天狗に、三本の錫杖を三方向から首に突き付けられて
京士郎は動かない
鉈に手を掛けず、自身の錫杖も振るう様子は無い
驚いたからではない
こうなるであろう事はあらかじめ分かっており、またそれを切り抜ける方法も持ち合わせているからである
ただ、もう少し穏便に済ませられないのかこいつらは、とは思う
「朱京士郎よ」
「証は?」
低い、一方的な声
「見ての通りよ」
それに屈する様子も無い京士郎の胸元の襟には封書が一つ差し込まれていた
「あんたらの大事な“手紙”も一緒よ、今出「動くな」
封書を取り出そうとした左の義手を正面の天狗が錫杖で小突き、その流れで胸元に遠慮無く手を伸ばし“手紙”を抜き取る
(ちったぁ遠慮しなよ…)
連中に“そのつもり”は無いのだろう
仕事あるのみ それだけである
封書を開いた天狗が一枚目を読む
すぐに読み終わった辺り、私の身分を証明する書類だろう
“そんなもの”はすぐに畳み、本命の手紙を読む
カッと見開かれた両眼が重々しく文章をなぞっていく
「襟が着崩れたから直したいんだけど?」
嫌味たっぷりに言ってみたが、予想通り二本の錫杖が音を立て首を軽く挟む
「……本物だな」
“手紙”を読み終えた天狗はそれだけ言って封書を包み直す
両脇の二人も錫杖を退ける
「約束のものだ」
襟を直していた右の義手に麻袋が押し付けられる
「行くぞ」「は…」「御意」
そうして後ろの二人に短く声を掛け、さっさと飛び去ってしまった
「…相変わらず、堅物揃いね」
一応袋の中身を確認したが、そこは堅物故かしっかり約束通りの中身だった
(紫や牧師みたいに訳が分からない奴よかやりやすいけどさ…)
何とも肩が凝る
朱京士郎は踵を返し、笠を拾った流れのままに帰って行った