東方 無法禅

□達磨の化身と蒼い石
1ページ/21ページ

【その昔:戦場】





二人の女が戦場にいた


一人はこの国の王に寵愛を受ける妃

一人は王に反旗を翻した一党に雇われた女僧侶


自身の妖艷さで兵達を魅了する女と、猛々しい戦いで鼓舞する女

両者の直接の戦いは苛烈を極めた


両軍の兵達が足を止め、見惚れる程に




「!!」


妃が両手首の腕輪同士を擦り合わせただけで、甲高い音と共に女僧侶の周囲が炸裂する

それにも怯まず女僧侶は右手の鉈を握り締め、妃に向けて投げつけた

渾身の力を込めた一撃を、妃は抜き身の曲剣で弾き飛ばす

その間に間合いを詰められ、振り降ろされた錫杖もまた然り

妃の風に舞う様な剣舞を、女僧侶は鉈で叩き落とし続けた

装飾だらけの豪勢な曲刀はたちまち砕け、妃はそれを惜しむ様子も無く投げ捨て“素手で引っ掻いた”

今までの刀捌きが嘘の様に女僧侶は吹き飛ばされ、後退した




「凄ぇなおい…」


「あぁ…俺らの妃様、半端じゃねぇぞ…」


「それについていくあの尼も普通じゃないって…」



周囲の兵達がざわめく


「……」


「……」


一方の当人達はしばらく睨み合っていたが、先に動いたのは妃だった





キィィィィン…



「?」「?」



腕輪同士がぶつかり、またも甲高い音が響く

余りにも“通る”音で、戦場の端に入る兵も含めて誰もが二人の方を向く


しかし今度は何か起こる訳でもなく、されど妃は何度も何度も腕輪を打ち鳴らし続けた


妃が鳴らし、女僧侶が立ち向かい



「ぐっ…!?」

「な、何だこりゃ…!?」

「ぁ頭があああ!!?」


周囲の兵士達は苦しみ悶え出した


頭に直接響く甲高い音が脳と骨を揺らし、激しい吐き気と目眩に身を抉られ、挙げ句の果てには魑魅魍魎の幻覚まで見え出した

敵味方問わず、誰もが地に伏し頭を抱えてもがき出す



もう誰にも、妃と女僧侶を見る余裕は無かった





「味方にも容赦ないわね…」


女僧侶…朱京士郎は両耳につけた幻術対策用の耳飾りをなぞり、周囲を目だけで見渡した


周りの人間達は苦しみのた打ち回るり、何も無い空間を凝視して何かに怯えている

中には腕が足がと喚きながら激痛に喘ぐ者もいる

まるで四肢をもがれたかの様だ


彼らには、それが現実なのだろうが


「私に味方はいない」


短く答えた妃は袖に手を入れて京士郎に歩み寄った


一本、二本と

一歩歩く度、その髪の様に漆黒の尻尾が形の良い腰を突き破って現れ、京士郎の正面に立つ頃には九本もの尻尾が妃の背後に威圧的に広がっていた



長い年月と死線を掻い潜り、人を騙して搾り取った贅と、その果ての騙された者の無様な姿を生き甲斐とする妖怪狐

それが妃の正体

この妖狐は、その中でも特に賢過ぎる者だった



「取り引きならもっと静かな所でしたかったんだけど…」


京士郎は腰に下げた袋の一つを取り外し、妖狐に渡した


「生憎と絶世の美女は注目の的でな 毎日風や陽射しより多くの視線に晒されて穴だらけだ」


言う程の興味は無さげに、妖狐は袋を受け取ると袖に仕舞い、入れ替わりに羊皮紙を渡した


「で、選んだ取り引き場所が戦場と」


京士郎は羊皮紙を受け取ると懐に仕舞い、入れ替わりに液体が入った薬入れを渡した


「立ち止まって余所見をしようものなら頭に矢が刺さってあの世逝きだ 口封じ手間が省ける」


妖狐は薬入れを受け取ると袖に仕舞い、入れ替わりに小箱を渡した


「敵も味方も、射掛ける兵士も立ち見してたわよ」


京士郎は小箱を受け取ると背嚢(はいのう)に仕舞い、入れ替わりに宝石を渡した


「だから幻術で黙らせたろう? これも普段の様に見られていたら中々使いにくかった」


妖狐は宝石を受け取ると袖に仕舞い、入れ替わりに白猫を渡した


「…どんだけ入るのよ その袖」


受け取った白猫を抱き抱え、京士郎は我慢出来ず訪ねた


「試しに入ってみるか?」


目だけ細めて妖狐は笑った


「…遠慮しとく」


猫の喉を撫でると、呑気な鳴き声が兵士達の呻き声に混じって消えた


「終わったならとっとと消え失せろ いつまでも術を使わせるな」


「へいへい」


「八雲紫に宜しく頼む」


「へいへい」


「『私を飼い慣らせると思うな』と」


(…………うへぇ…)


京士郎は義足に力を込め、ひとっ跳びに林を超えて行った


(…何で白猫なんだろ)






「……」


それを見送った妖狐は、足元でジタバタと悶え転がる自国の兵士の頭を掴み上げ、鋭い爪で首を切り落とした

そして短く呪(まじな)いを唱えて印を組むと、兵士の死体は女僧侶の死体に化けた



そして兵士達への幻術も解かれる



「臆するな皆の者よ! まやかしに屈するな! 剣を持ち立ち上がれ! 妾に武勲を示して見せよ!」


急に苦しみから解放された兵達は妃の声に顔を上げる



そこにいたのは、女僧侶の首を掲げた、やはり場違いな程に美しい妃だった
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ