東方 無法禅

□達磨の化身と銀の月
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【その昔:とある廃館】





「……」


朱京士郎は、がんじがらめにされていた

がんじがらめと言っても紐や縄を使った丁寧な縛り方ではない

ひび割れた窓際に架かった、埃まみれカーテンが両の義手が絡み付き、磔にされていた


「……」


そんな京士郎を、破れ放題に綿を吐き出し放題の天蓋付きのベッドに腰掛けた少女が睨み付けている


「…こんにちわ、お嬢さん」


気だるげに、けれど安堵を込めて挨拶をした

六階もの階層を登り詰めてようやく会えたのだ

その過程で、カーテンに包まれる事など比較にならない“悪戯”を受けた


目の前のお嬢さんに


「呼び鈴が無かったからそのまま失礼したわよ…執事もいなかったし」


カツン と、手鏡を額に投げつけられる
血が滲む


「……」


腰まで伸びたストロベリーブロンドを揺らし、少女が一層険しい顔をする


「…館や敷地の内側に収まらず、随分やんちゃしてるらしいわね」


ドガキャンッ!! と、京士郎の背後で破砕音

京士郎の顔の真横を通り過ぎた手鏡が、手入れをされなくなって百年近く経つ館のガラスを突き破ったのだ

手鏡はベランダに飛び出し、水垢まみれのガラスも砕け落ちる


「死人まで出てるんだもん…そりゃ退治の依頼も来るわよ」


「……」


少女は寝間着の裾を握り締め、肩を震わせている


「ここの主人の姪の孫、って言う立場の男からの依頼よ いつまでも腐らせておくには広さと立地が勿体無いってね」


ガジャジャジャジャジャジャジャジャ!!
とけたたましい音をたて、背後からガラスや鏡の破片が室内に飛び込んで来る

京士郎と彼女を縛るカーテンを避け、しかし尖った角を京士郎に突きつけ、無数の破片が少女と京士郎の間で壁となって立ち塞がり、一つ一つが細かく震える



泣き出しそうな顔の幽霊の様に




「……ルーン・サリー・ヴェン」


カチャリ、と破片が擦れる


「引き取り先の家族が住む山奥の村で木工家と結婚 二児を生んだ後、天命を全うする」


波紋が広がる様に、破片同士が細かくぶつかり、怯える


「メリー・ラナ・ヴェン」


少女が髪に指を掻き入れ、掻きむしる


「引き取り先の夫婦から金細工を継承 生涯独身、子供はいなかったが多くの弟子達に技術を伝える…」


ついには部屋中、飾り棚や砕け散った椅子が騒がしく震え出す


「リリア・キャサリン・ヴェン!」


少女が何かを叫び、シャンデリアが二人の間に落ち、砕ける


「引き取り先に向かう途中で馬車が川に転落! 自分を助けた猟師と連れ添い!生まれつきの持病が悪化するまでに四児を儲ける…!」


少女はついに泣き出し、破片の数々がボロボロの絨毯に降り注ぎ、突き刺さる


「……その三人、全員が」


京士郎が重心を弄り、カバンから三冊の本が飛び出し、少女のいるベッドに落ちる

少女もそちらに視線を向ける


「両親が死んで以来バラバラに引き取られた、“二人”の姉妹の身を案じ、日記に綴り続けた」



日記に手を伸ばしかけた少女がビクリと跳ね、京士郎に振り返った

信じられない、と言った面持ちで



ズドンッ!!



「!!」


勢いよく天蓋を仰がされた少女の額には、柄に札が巻かれた苦無手裏剣が突き刺さっていた


「ヴェン家の子供は三姉妹…それ以外には男も隠し子もいない…」


京士郎のはだけた裾の内側には、同じく札の貼られた苦無手裏剣がフリルの様にズラリと並んでいた


「離ればなれに引き離された姉妹達を想い待ち続ける…どうして貴女がそんな意志を持ったんでしょうね “そんな必要ある筈無いのに”、“そんな事ある筈無いのに”」


京士郎が重心を弄り袖を翻せば苦無が順繰りに飛び出し、次々と少女に突き刺さる


「そもそも、“最初から貴女はいないのに”」


全身串刺しになりながらも、少女は日記に手を伸ばし



「間違いなく言える事は…」


涙を流しながら、何かを呟き


「貴女はもう、待たなくていいのよ」



消えた



苦無手裏剣がカラカラと落ち、生温い風が隙間から入り込む

京士郎は落ちた苦無を操り、義手に絡み付くカーテンを引き裂き、着地する


「……」


そして何事も無かったかの様に小瓶を取り出し、入り口の扉に投げつけ、割る

中から刺激臭と液体が広がる


京士郎はベランダに出て、火打ち石を打ち付けようとした



少なくない隙間を通る風達が、各々音を奏でて走り、消える



「……」


京士郎が火打ち石から放った火花はカーテンに移り、くたびれきった布地はあっと言う間に燃え広まった

直に、ぶち撒けた油にも燃え広がるだろう



責め立てる様な隙間風の三重奏に追い立てられるかの様に、京士郎はベランダから飛び降りた





思い出の残骸が、焼け落ちる
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