東方 無法禅

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【庭】








薔薇が咲き誇り、大樹が根を張り、苔が生し、彼岸花が赤々と燃え、蓮の花が浮かび、ススキが揺れ
そして、今にも満開に咲き乱れる、その寸前であろう桜の木が佇む、庭



縁側に腰掛け、膝に頬を突き、ぼんやりと眺める



何か聞こえた気がして隣を見れば、彼女がそこにいた


相変わらず、何を考えてるのかよく分からない人だ

苦笑めいた表情にすら含んだものを感じさせられる



「   」



名前を呼ばれた 気がした


続けて何かを語られた気がしたが、内容が頭に入って来ない




嗚呼

足りない、なぁ


本当に、餓える程に



反応の鈍い私を心配したのか、彼女は私の髪を梳き、頬に触れた





彼女は不思議な人だった

何を考えているのか分からず、けれど些細な事にも強い接触と反応を示し、しかし同様に不可解な言動を振り撒いた

自分と彼女では、実は住んでいる世界が違うのではないだろうか そんな風に思ってしまう






不思議な感触だ
彼女は…触れる手はそこに有る筈なのに、気を抜けば霞の様に消えてしまう様に感じる

彼女は生きているのか死んでいるのか いや 生き死に以前に、生き物なのか無機物なのかさえも分からなくなる

彼女は…




…彼女と視線がかち合い、全てが止まる 呼吸さえ忘れる

そう この眼だ

全貌を眺める時よりも、この双眸のみこそが彼女自身なのではと思えて来る

が、やはり生物なのか物なのかの判断に悩む
むしろさっきよりも生き生きとしている様に見え、しかし同時に物の様に生気を感じない

いやむしろ、生物でも物でもなく、現象の類いなのではと錯覚し始める



やがて彼女は悲しそうな……いや残念そうな表情で手を離した

頬の感触が間違いなく離れた事に幾ばくかの寂しさを感じながらも、それ以上に寂しそうな彼女の表情が…彼女にそんな顔をさせてしまった事を悔いた





彼女とは、ついぞ解り合えなかった気がする
これからも解り合えない気がする

住んでいる世界が違う云々もそうだが、これ程長い付き合いだと言うのに自分と彼女の考えは常々相容れなかった

私が右と言えば彼女は左と言い 私が上と思えば彼女は下 白と見れば黒 空を指せば大地 怒れば笑い、目覚めれば眠り嫌いなものは好きだった

きっと今だって、さっきの互いの表情だって、含むものは正反対だったのだろう

なんと滑稽で、悲しい事か





それでも


それでも、私には彼女が必要だった
良し悪し好き嫌いに関わらず、彼女無しには生きられなかっただろう

彼女に私が必要だとは…寂しい話だが、確信は持てない

必要とされたいとは思わなかった …かも知れない 筈である きっと

ただ、こうして彼女と並んで座って景色を眺め、二言三言と言葉を交わせれば、それで充分楽しい事だろう

彼女がどう思うかは分からないが、少なくとも自分はその筈だ



なのに



なのに何故








何故こんな時に、風が吹く





薔薇が冷え、大樹が乾き、苔が千切れ、彼岸花が腐り、蓮の花が沈み、ススキが揺れ
桜の花の蕾が生首の様に落ちてしまう


強く 広く 寂しい風

防げない 逃げられない 暖かかくない風

そんな風


身を縮め、震える

でないと、自分までも吹き消されてしまう様な気がしてならない







彼女はいなくなっていた

気紛れな彼女の事だ また何処かに行ってしまったのだろう

何か考えあっての事か 何も考え無くての事か




ただただ、焦がれる様な飢えだけが残った




…もう少し、話が出来ればよかった

話がしたかった するべきだった かも知れない


仕方無い また次に話そう

今度こそ、面と向かって


……………何を?





私は立ち上がり、庭へ向かった



花が 花が散ってしまう

その事にどれだけの意味があるかは分からないが、あの草花だけは私と彼女が唯一共通して大切にしていた

可能な限り触れ過ぎず、けれど過度には世話を焼かず、草花自身の生きる力に任せよう

暗黙の内の了解であった


それでも、私の方が心配してつい手を出してしまいがちだった

今の様に

彼女が私より薄情だとかそう言う話では無い それこそ彼女には彼女なりの思惑が…正しさがあり、それ故の事なのだろう



しかし





しかし…何なんだ、この風は

こんな こんな風は今まで

こんな…





「   」





「!!」



振り向いた先には誰もいなかった

名前を呼ばれた気がしたが、声の主はいなかった


風だけが、私と庭を揺さぶっていた



いや

風の唸る音こそが私を呼ぶ声に聞こえたのだ


風が 風に揺れる草花が、私を呼んでいたのだ





私は、庭へ向けて歩を進めた



本能では薄々勘づいていたのに、理性では理解していなかった

理性は飢餓感を抑え込むのに必死だったから






















別れが、近付いていた

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