短編 甲

□運命至上主義者、ミリア再び(完成)
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【その昔:どこかの館】





「くっ…!!」


婦人が手を振るった

紅いドレスと赤銅色の長髪が翻り、肌の白さ相応のか細い腕から放たれたとは想像しがたい巨大な棺が、繋がれた鎖を鳴り響かせて一直線にぶっ飛んで行った
まるで獲物を襲う大蛇だ

事実、棺の目指す衝突点は獲物ではあった


「へぇ♪」


侵入者は嗤った

見た目は“人間で言えば”四、五歳程か

細い肩を包むケープに始まる赤い礼服と金の長髪、そして太陽の様に燃え盛る杖を振るって大仰に驚く 待ち構える 扱き下ろす


ズドン !!



「!!?」

「あら」



「く…!!」


乱入者が歯を食い縛る

短い透き通った銀髪と同様に鋭利な輝きを放つ槍と斧の、その長さに見合わぬ小柄な全身に力を込めていた



乱入者の生まれは吸血鬼
侵入者の育ちは吸血鬼
婦人の呼ばれは吸血鬼


三対の翼と牙が強張り、はしゃぎ、怯む





運命至上主義者、ミリア再び





二人の女の間と、一人の女の真下で、棺が止まった
棺は槍と斧の二本に貫かれていた どちらもこの館の骨董品である

いつの間に…位置関係からして落下して来たのだろうか 地面に垂直に刺さった槍は地面と棺と、後は血みどろの何かを串料理の様に一纏めに貫いた


侵入者は満足げに乱入者を見据え、耳まで裂けた口角を吊り上げた



「ありがとう、ミリア♪」



「〜…!!」


乱入者の介入、攻撃を防がれた事実、そして棺と共に腹を貫かれた、人の形をした肉塊


事態は婦人の認識を越えて変動していた

全てが、婦人にとって最悪の事態だった


「私のミリアが随分手こずったみたいね…流石に側近にはまともな奴を抱えてるかぁ」


乱入者…ミリアは素早い身のこなしで槍と斧を置き去りに跳び上がり、侵入者の斜めに後方に控えた


得物から棺が床にずり落ち、側近だった血みどろの死体がまたその上に落ち、、手から鉈の様なナイフがこぼれ落ちた


血みどろ死体に対する婦人の様子が、これまでの使用人達(の死)に対するそれとは明らかに違うものと分かったが、侵入者にとってはどうでもよかった

強いて言うのであれば、余程信頼をおいていたのだろう



トンッ


「、……?」


婦人が背中に小突かれる様な衝撃を感じた瞬間、胸に熱いものが込み上げるものを感じた


比喩ではない
婦人は確かに、“背後にいる侵入者に胸を貫かれた”のだ


「…!!?」


“真上から”鎖骨を、“真横から”両膝を、“すぐ隣”から掌を
やはり杖から延びた光に貫かれる

それぞれの光の出所であるそれぞれの杖は、それぞれの侵入者がそれぞれの右手が握っていた


「下らない」
「全くもって下らない」
「他人に依存しなきゃ保てない矜持」
「他人に愛されてると思い込みたがる不安感」
「争いを持ち込む者はいないと信じたがる能天気さ」
「立ち上がる事もせず、現状に閉じ籠ろうとする情けなさ」


前、後ろ、左右、上、壁際、椅子、階段、扉、照明

あらゆる場所から、あらゆる方向から、あらゆる侵入者が婦人の全身を貫き、いていた


婦人の館は、侵入者で満たされていた


最後に、真正面に立つ最初の侵入者が婦人の心臓を貫き、忌々しげに視線を尖らせた



「そんな事だから、一族こぞって滅ぼされるのよ」



全ての侵入者が一斉に杖を凪ぎ払う様に引き抜き

方々から引っ張られ引き裂かれた婦人は、既に熱に熔かされていた事も手伝い、バラバラのそぼろ肉になって弾け飛んだ



「妾(めかけ)の分際で貴族を気取るから…」


頬に向けて飛んで来た肉片を、杖をちょいと払って叩き退ける

血肉の全てが発火している
恐らくは、再生する事も無いだろう


「…御苦労様ミリア♪今夜も素敵だったわよ」


一転

『笑顔とは本来攻撃的な表情と』は言うが、姉が妹に向けた称賛の笑顔はまさに目にしただけで全身を切り刻まれる様な残虐な微笑みだった

本人にそのつもりは毛頭無いのだろうが


「、はいッ…御姉様…」


姉妹の年齢は揃って十五歳前後か 二人揃って返り血まみれだ
ここに到るまでに何人殺した事か

少なくとも通り道の罠の類は破壊し、番犬らしき魔物は端から蹴散らし、用心棒達も皆殺しにし、使用人は歯向かう者だけだけは殺し、館の主である婦人とその側近は御覧の通りだ

そんな血塗れの姉が、満面の笑みと共に称賛の言葉を向けて来た


「あぁぁぁも〜う!ミリアをこんなに汚してぇ! 腹いせに生き残った連中も八つ裂きにしてやろうかしら!?」


妹の顔を舐める様な手つきで拭う

生き残ったのは、忠誠心や使命感より恐怖心が勝った者達だけだ
逃げる羽虫を相手にする程二人は暇ではなかった どうせ小間使い程度にしか使えない下級妖怪だ 脅威では無い


「いけません御姉様 彼らには館の片付けをさせませんと…」


地肉と破片と焼け焦げで塗り潰された館

これを我が物とし、活動の拠点とする事が姉妹の…提案した姉と追従した妹の企みだった


「…そうね 使える輩かどうか選別し終わるまでは働いてもらわなくちゃね♪」


背丈の殆ど代わらない妹の頭を撫でる姉と、それにビクリと強張る妹

どこか、ちぐはぐとしていた


「これからよミリア…ようやく、皆に私達の力を知らしめてやれるんだから♪」


「……」


いつの間にやら両腕で抱き締めていた姉が、妹の耳に口付ける
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