短編 甲

□今こそ、分かれ目
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あれはまだ、僕と里乃が一緒にいた頃の事




僕と里乃はずっと昔…きっと生まれた頃から一緒にいたのだろう

一緒に目覚めて、ご飯を食べて、遊んで、寝て

一緒に泣いて、笑って、怒って、喜んで

暖かい日は一緒に温(ぬく)み、寒い日は一緒に凍え、共に走って跳ねて踊り回った

何をするにも一緒に過ごした

僕にとってそれは当たり前の事だったが、何よりも幸せで
里乃にとってもそれは当たり前の事で、楽しそうだった

里乃も僕と同じ気持ちなのが、一番嬉しかった



ただ、それは他の人達にとっては変な事だったらしく

僕達を見る度に皆が『何でお前達はそんなにくっついているんだ』『気持ち悪い』『まともじゃない」と言って仲間外れにし、石を投げたり殴って来るものだから、自然と皆から距離を開ける様になった

そんな事をする奴等の近くにいるのはこっちから願い下げだった


周囲の大人達も、きっと我が子らと同じ考えだったのだろう

僕達の方を見向きもせず、勿論話そうともせず けれど時折こちらに向ける視線は…凄く、恐かった
自分の子供達が僕達の近くにいるとなれば、手を引いて足早に遠ざかった

大人達の態度も面白くは無かったが、言いたい放題やりたい放題やってる子達を遠くにやってくれるので、そこはありがたくはあった


…僕達の親も、あの大人達と同じ気持ちだったのだろうか

僕達は自分の両親を知らない 物心がついた時にはよく分からない事しか喋れないおばあさんの世話になっていて、そのおばあさんも何年か前に死んでしまった

子供達は誰もが「親はお前達が気持ち悪いから捨てたんだ」と言っていた

事の真相は今や調べようもないが、多分…正しいのだろう
僕達に笑いかけてくれる大人はおばあさんも含めて今までに誰もいなかったのだから

親と言う存在はそう言うものなのだろうとすんなり受け入れられたのは、そもそも親の事を覚えていないからでもあり そうと割り切らなければ生きていけないからでもあり


何より、やっぱり里乃がいてくれるだけで充分に幸せだったからであろう





*****
【夜明け前:廃寺】





「、梅干しだ」
「えー 僕のと交換して貰おうと思ってたのにー」
「そっちは?」
「んー?なんだろこれ 佃煮ってやつ?何かの虫の」


山奥に打ち捨てられたオンボロで蔦にまみれた寺を独占し、二人で一緒に朝御飯 …なのか夜食なのか、ともあれ食事にありついた


結局、おばあさんを亡くした僕達は自分達の力で生きていくしか無く、石や罵声の飛んで来ない住み処を求めて旅に出る事になった

が、身寄りも財産も無く、そしてどこまで行っても僕達二人が一緒にいる事を気味悪がられるものだから、その日の食い扶持すら得られない日々である

となれば真っ当な生き方など出来る筈も無く
…いや今までも真っ当じゃなかったか…
とにかく、出来る手段で糧を得るしかなかった


「お百姓さんのお弁当って…何かこう、皆して同じ様なものばっかりなのよねぇ」
「でもお金持ちそうな人ってあんまり食べ物持ち歩かないよね たまに御菓子持ってたりするけど量が少ないし」


人気の無い夜道を一人で歩いている人の前に飛び出し、二人一緒に恐そうな声で「恨めしやー!」「死にたくなければ食い物をよこせー!」と唸るだけ
それだけで通行人は悲鳴を上げて腰を抜かし、脅された通りに食べ物を投げ捨て逃げて行くのだ


「お武家様は結構いい物持ってるわよね 体力仕事だからかな ただ…」
「刀は恐いよぉ 殺されちゃう」


ただでさえ山賊の様な事を、それも妖怪を騙ってやっているのだ 相手をよく選ばなければ大変な事になってしまう


「調理してあるだけ、拾った虫や葉っぱをよりもマシでしょう?しっかり食べないと」
「うえーん」
「梅干しもね はんぶんこ」
「うわーん」


日が暮れてから夜明けまでは食べられるものを集めながら移動し、朝には隠れられる所を見つけ、日没までに食事と睡眠を済ませる
たまには水浴びもしたい

そんな生活を延々繰り返していた


人目を避ける為とは言え、昼夜が逆転している事だけでもかなり無理のある生活だ

それでもやって来られたのは、勿論里乃と一緒だったからだ
彼女と意見を出し合い励まし合って来たからこそなんとかやってこれたし、彼女がいてくれるだけで大抵の事は楽しくなった


「御馳走様」
「ごちそうさま」


なんやかんや言っても空腹には勝てない
掻き集めた木の実も虫も弁当も、好き嫌い無く全て食べ尽くしてしまった
…満腹になった後の後味については、まぁ、その


今日は早くに食事にありつけた
後は次の夜に備えて休むだけだ

それまでの間は、里乃と一緒に遊んだりお喋りしたりと自由に過ごせる

彼女と一緒にいて、特に幸せな時間だ


「ねぇ 里乃」
「ん?」
「里乃は、さ…」


崩れ放題の土壁のマシな部分に寄り掛かり、すぐ隣にある里乃の顔から目を背ける


「僕と一緒にいない方がよかった とか、考える事は…」
「無いわよ?」





「貴女と離れていた事なんて一瞬たりとも無いもの 想像も出来ないわ」
「っでも…」


わたわたと漂う僕の手が里乃のに取られ、祈る様に指が組まされる


「僕と一緒に、いるから…皆からっ、気持ち悪いって…言われて、そのっ虐められてるんじゃ…」
「ふーん」


里乃も顔を背けたのが雰囲気だけで分かった

直接見ていなくても、空気や身体を通じて伝わる揺れだけで、御互いの動きは大体分かる
長い付き合いだ


「舞って私の事そう思ってたんだ へぇー」
「!?な何でそうなるの!?」
「だって私達、条件は同じじゃない?舞が言った事、そのまま貴女にも当てはまるのよ? 舞にとって私がいると迷惑?」
「そそんな訳ないじゃない! 僕ッ僕、は!その…」
「私も」


里乃と言い争って、勝てた試しが無い
私が言いたい事や言い返せない事を把握しているかの様に、的確に痛い所を突かれ、遮られ、言葉を詰まらされる


「私も、舞の負担にはなりたくないし、私のせいで舞が酷い目にあってたとしたら…凄く、嫌」
「…」
「舞も、そうなんでしょ?」
「…うん」

ほら 今回も当たりだ


「でも、実際問題として全然苦じゃないんだもん むしろ舞となら一緒にいて楽しいし」
「っ僕も…!」
「でしょ?」
「んっ」


額同士をくっつけ合い、一緒に笑い合う


「よかった…」


里乃の閉じた瞳の境目で花の芽の様に微細な睫毛が震える

不安がらせてしまった


「舞が一人で生きていくだなんて…想像するだけでも危なっかしくて仕方無いわよ」
「…ごめん…」


僕が、守ってあげなきゃいけないのに
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