短編 乙

□朱い達磨と水色の冬
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【その昔:どこかの砂漠】





「水、食料、毛布、この辺りの地図…あぁでも大分砂漠化進んでるらしいからね、アテにならないかも」


砂 砂 砂 砂丘 砂


見渡す限りの地平線、全てが黄砂である


「あとはマッチ、ピンセット、髭剃り、花札…」


そんな砂漠のど真ん中、ぽつんと打ち捨てられた“元”集落

七つ八つ建ち並ぶ岩造りの廃屋の木陰で、荷物のやり取りが行われていた


「えーと…麻雀牌、紙タバコ、酒瓶、家庭の医学書、しゅんがッ…」


引き渡し相手は四人
頭の悪そうな奴、女癖の悪そうな奴、腹黒そうな奴、そして機嫌の悪そうな奴
と、小さな白い竜が一匹、日陰でまどろんでいた


引き渡す本人は一人
砂漠の日差しの様な色の法衣とそれ以上に熱そうな朱い髪の上から砂避けのマントとフードを被った女

朱京士郎である


「…私は運ぶのが仕事だから構わないけど、娯楽品頼む余裕あるの?」


黒い手袋をはめた義手で摘まむ紙は、引き渡す荷物のリスト


この四人、とある場所を目指して延々旅をしているらしいが、それを命じた者の一存で陸路を往かねばならんとか

となると、道中物資の補給を届けたり等もしなければならなくなる

そんな配達役を稼ぎ場と見た京士郎が、こうして久方ぶりに荷物を担いでやって来たと言う訳だ

流石に自分一人で担ぐのは労力と報酬が見会わないので、荷物は運搬用の飛竜に担がせたが


「煙草が中々売ってなくてな」


機嫌の悪そうな奴がぶっきらぼうに吐き捨て


「なぁな京士郎!食いモン何持って来てくれた!?肉ある!?」


頭の悪そうな奴が食料を漁り


「すいません、この先は街が点在しているみたいなので…必需品の方はこちらで揃えられそうですので、今回はその分雑品を送って頂きました」


腹黒そうな奴がリストに受け取りのサインをし


「可愛い姉ちゃんも届けてくれたら嬉しいんだがなぁ〜…それとも、今回はお京ちゃんがサービスしてくれるのかなぁ?」


女癖の悪そうな奴がニタニタ笑った


四者四様である

よくもまぁ旅を続けられるものだ
喧嘩の一つも…起こっているのだろうなぁ 道中 一つと言わずに何度と無く


「『酒や煙草が無きゃやってられない』って面(つら)してるもんねぇ、あんた」


「同情痛み入る」


憎々しげに煙草の紙箱を破り開ける


「手が震えてるわよ …悪いけど今回は魚の干物よ、肉は新鮮な方が汁も出て旨いだろうけど日保ちしないし」


「え〜、干物でいいから肉がよかった〜…」


と言いつつ、魚の干物を旨そうにかじる


「私の仕事は運ぶだけで選別は… ぁそうだ、来る途中地上に商隊の列が見えたけど、次の町で待ってれば立ち寄るかもね 進行方向的に」


「そう…ですね この頃は賊や妖怪とも出会さず距離を稼げましたし、休憩がてら…」


受け取った地図にあれこれ書き込む


「荷馬車の数もそれなりにいたし…ッ、触んなエロ河童!」


「でででッで!」


いつの間にやら背後から肩に触って来た手を捻り上げる


「うぉー痛ってぇぇなったく…」


「持って来た情報も荷物もそんなトコかしらね まぁあんた達からしてみれば、今まで通りの砂漠道よ」


たまにしか来ない京士郎にとっても辺り一面砂漠にしか見えないが、空路に比べ視界の狭まる陸路となればその代わり映えの無さはそれ以上であろう


「あーやだやだ、美人さんとの束の間のお喋りも終わり、まぁた野郎だらけの道のりかぁ…」


「飯あんがとなー! この魚!胡椒効いてて旨かったぞー!!」


「助かりました…ジープ、積み込みますよ」


「キュー!」


ぁ 竜が起きてた





「…あぁそれと坊サン」


機嫌の悪そうだった(煙草を吸ってから幾分マシそうになった)奴に声を掛ける


京士郎の視線は、男の両肩に羽織の様に掛かった経文に


「あぁ?」


「前に頼んだの覚えてる?『この経文について何か知ってたら』って…」


「………あぁ」


男の視線は、京士郎の袖口や裾、胸元から覗く包帯の様に巻かれた経文に


「やはり、知らんな」


くだらん、とでも続きそうな口調だった


「一度も見た覚えは無いな、そんな経文… 読む事も出来んから内容も分からん」


「…そう」


名僧と名高いこの男ならこの経文について…延いてはその経文が抑え込むこの義肢について何か分かるのではと思ったが…

見た事も無いと来たか


「いいか?」


吸い尽くされ短くなった煙草の残りカスが投げ捨てられる


「、あぁ…うん、ありがとう 気をつけて」


背を向ける男と同様京士郎も振り返り、立ち去る

書類のサインを確認し、それを仕舞い、今頃は餌を貪り終え昼寝をしてるであろう運搬用飛竜のいる所へ速歩きに向かう





背後から聞こえる砂を蹴散らす音に混じった馬鹿騒ぎが、なんだか妙にくすぐったかった
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