短編 甲

□庭を愛でる者
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まず最初にその花弁を主張したのは凍てつく池のほとり、木陰に咲く血の様に紅い薔薇だった


水の代わりに血を、肥料の代わりに肉を吸い上げた様な、紅い薔薇

不自然な程に鮮やかな紅を持ちながら、野に生きる純潔の力強い根と茎をも持ち合わせている


棘を纏い、触れるものを容赦無く刺し殺す野薔薇

それでいてその紅は他人を魅了するのだった


昂然と、誇り高く気品めいたものを漂わせて


まるで支配者のように君臨している



この庭の多くの草木がそうである様に、元々この薔薇はこの庭にあったものではなく、外から舞い込んだ花である


濃く地を這う香りを霧の様に舞わせて、新たな苗床としてこの庭を覆いつくそうとしていたが、結局共存の流れとなった


賢明である


私の、私達の庭を埋めつくそうものならば、日の光で焼き尽くしていたところだ


それでも広く咲き誇りたいのか、薔薇は辺りを虎視眈々と狙っている様に木陰に佇み、その根をじわじわと伸ばしている


けれど、私は当面その心配は無いと踏んでいる

なにせこの庭は、そのほとんどが薔薇が避けている日向にあるのだから


何より薔薇は気高い

無闇に棘を振り回す様な事はしないだろう


そして、この薔薇はまだ若い

普通の薔薇と比べれば格別の麗容さを誇っているとは言え、その茎や根はまだどこか頼りなくもある


他の草花や虫共と争い、その身に傷を刻む必要がある

そうでなければ育たないのだ



もしも、だ

この薔薇が私達の庭一面に広がる日が来たら、その時はさぞや美しい魔性の“紅”が咲き誇るのだろう



その日を許す気は無いが
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