短編 甲

□Blind Like
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「お願い、します」



理由は、なんとなく



「お願いです、お願いですから…」



そう、なんとなくだった



「お願いします…お願い…お願い…」



なんとなくでしかなかった、筈なのに





Blind Like





【紅魔館:図書館】





「さぁくやぁー…」


囁く様な声など出し慣れていない為、掠れた変な声になってしまった

その掠れた変な声に僅かに反応した赤ん坊は、腕の中で何だか気難しそうな顔をして寝ている

眉間の柔肌に皴が寄ってしまうのではと心配になり人差し指でくすぐる様に撫でると、一瞬クワッっと腕を私目掛けて延ばしたが、こんな距離すらも届かずにまた胸の前に収まる


「♪〜」


お嬢様に仕える様になってからはめっきり使わなくなった故郷の言葉で唄う子守唄

最後に唄って貰ったのはいつの事やら


「〜〜〜」


聞き慣れない言葉が勘に障ったのか、身体中をくるむタオルの中の脚までジタバタと暴れだす


「ん〜…ごめんね〜…」


唄を止めて背中を擦り、ゆっくりと揺する


「〜…」


すぐに静かに収まった


(忙がしい子)


あぁ駄目だ 頬が緩む


綿毛の様な柔らかい銀髪
その髪と同じ位柔らかい柔肌
水に融かせるんじゃないかと思える程に張り合いの無い骨格
私の膝下より小さな伸長

全く以て頼りない、弱くて弱くて無防備な赤ん坊


紅美鈴は、一目惚れしてしまったのだ



「メイド長ー」

「……」


拾い図書館の真ん中 丸いテーブルに掛ける美鈴に近寄るのは、この図書館の主パチュリー様と、その使い魔

とりあえず小悪魔と言うぞんざいな呼び名を頂戴した使い魔は、腕に金属の箱を抱えていた


「…ふえぇぇぇ……」


「あー…泣いちゃったじゃないですか」


「えー? ちゃんと音がしない様に歩きましたよぉ?」


「うぅぅぅ…けふっッ」


「小悪魔の声で泣いたみたいね」


主たる魔女の冷静な分析


「えぇ!? やだぁ私そう言う印象なんですか!? 私だって好きでやってるんじゃないのに〜」


台詞が残念がっているのは、やはり自分を嫌う赤子が彼女にとっても可愛いからで、されど口振りがそこまで残念そうで無いのは、やはりそこまでこの赤ん坊を気に掛けていないからか

現に愚痴を溢しながらも、彼女は手慣れた手つきで箱から道具を取り出している

針、チューブ、手押しのポンプ゚…


「ぁぁぁぅ…!」


それらがテーブルにコトンコトンと置かれる音で、いよいよ赤ん坊は本格的に泣き出した


生まれてからまだ全ての暦を経験した訳では無い赤子でも、もうすぐ何が起こるのかを音でで覚えてしまったのだ


「あ〜〜〜ごめんね咲夜ぁ〜…」


赤ん坊を肩口に抱き寄せ、頬を重ねる

鼓膜を引き裂かんばかりに響く泣き声は、耳より心が痛くなる


「『あ〜〜ごめんね〜〜咲夜〜〜』」


茶化した様子で… 茶化しそのものの口調で繰り返す小悪魔の手元には、取り出した道具が組み上げられていた

…赤ん坊の玩具には見えない

その横でパチュリー様は小瓶を二つ取り出していた

一つは消毒液、一つは術式の彫られた空き瓶である


「まったく、こっちはあんたの分まで仕事が増えてるってのに…メイド長は御多忙でちゅねえええええ?」


チューブの尖端の針を消毒しながら、怒ってるのか悦んでるのか分かりにくい声色で捲し立てた


「すいません…」


「人間共が投げ込んだ生け贄によくもまぁ…」


「……」


この娘を初めて抱いたのはつい一週間前


小悪魔の言う通り、我らがレミリア・スカーレットに恐れをなした人間共が(要求した覚えは一切無いが)我が身可愛さに赤ん坊を差し出した

それがこの娘、“十六夜咲夜”と彫られた懐中時計を首に下げた赤ん坊だった(差し出しに来た一団はレミリアの命の元皆殺しにされた)

何でこの西欧にて漢字の彫られた時計を持っていたか甚だ疑問だが、ともかくそれを彼女の名前とした


「…左腕」


「え?」


「久々に見たけど、ごつい腕してんのね」


「、あぁ、はは…」


さっきから赤ん坊を抱えて全く動かない美鈴の左腕は、肩から下が硬い鱗と爪を纏い、右腕より二周りも巨大な龍の腕だった


爪はおろか鱗でさえも赤ん坊の柔肌など触れただけで割いてしまうが、なんとか布を厚く巻いて赤ん坊を抱える事には使えた


「こんな腕でも、最低限無いと仕事になりませんからね」


「っはっはっはっは!!」


小悪魔が図書館に相応しくない大声で笑うものだから、咲夜が泣いて私が慌て、パチュリー様が分厚い本を片手で振り抜いき、小悪魔はそれもろに額で受け止めた

そうして仰け反った姿勢で、小悪魔は馬鹿にした



「腕が飛んだのはあんたのせいでしょお?」



「……」


「ほら、出しな」


流石に声色に苛立ちが見え始めたので、泣く泣く赤ん坊を差し出す


「あんな目にあって、同僚や主人の御友人にこんな面倒な手間踏ませてまで護ってやる価値があるのかねぇ?」


針が、赤ん坊の腕に向かう

赤ん坊は暴れない さっき私がツボを押した事で、全身の筋肉に力が入らないのだ

これで針を安全に通せ不要な痛みも無くなるが、咲夜は意識があるまま、一切身動きを取れないまま、針が向かって来るのを待たねばならない

想像するだけでも恐ろしく、それを小さな赤子が受けねばならない事を不憫に思い、その恐ろしさを圧し殺してやろうと軽く覆い被さった


鋭い針が見えない様に

その針を向ける小悪魔が見えない様に


こんな目に逢わせた張本人が見えない様に



***



「御食事が終わって満足されたら呼ぶから、ちゃんとこの娘の顔見せてあげなよ」


あっと言う間か悠久の果てか、採血は終った

泣き続ける咲夜と脱力した私を他所に、パチュリー様と小悪魔は道具を片付け立ち去って行った(と言っても広大な図書館のどこかなんだろうけど)


「ぇうッ…くひっ…」


「咲夜…」


テーブルから彼女を抱え上げ、精一杯密着した体勢で咲夜を抱き抱えた


「ごめんね…痛かったねぇ…」



龍の大きな腕が背中を支え、指がタオル越しに頭を包み、人の手を体に回し、胸にしがみつかせ、椅子の上で足を持ち上げて囲い込む



「咲夜ぁ…」


柔らか過ぎる髪と頭に頬擦る


「……」



「………?」


泣き止んだのかな


少し胸から離してみれば、赤ん坊は目尻に溜まった涙もそのままにキョトンとしていた


痛い思いをしたのは自分なのに、何故この女まで辛そうな顔をしているのだろう

とでも考えてる様に見える



「…咲夜が泣いてたからだよ〜…」


自分で勝手に妄想した質問に答える


泣き止んでくれた安心感から零れた笑顔を携えて


「…んあっ!」


「!」


笑った

かも


「…御機嫌ですか〜〜〜?」


人の手でお腹をくすぐれば、両手をパタパタと暴れさせる


「ん〜〜〜〜〜♪」


「♪」



よく分かってない生き物に対するよく分からない感情を、とにかく美鈴は素直に笑顔にして、赤ん坊に振り撒いた
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