短編 甲
□Alcoholic Palsy
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【旧都:大通り】
走る、走る、走る
「おう姐御! 今日も…どどしたその格好!?」
擦れ違う人々の掛け声も聞こえない
「はっはぁ!勇儀嬢ともあろう方が酒でもこぼしたかぁ!!?」
酒で胸元まで濡れた上半身が冷える
血と傷の乾いた顔が強張る
「大方、例の嫉妬深いお嬢ちゃんに引っ掛かれたんだろうさ!」
(一歩、二歩…!!)
三!!
「どぅわ!?」「きゃぁ!!」
蹴散らされた通りの土が人々や家々に降り注ぎ
蹴散らした勇儀が砲弾の様に一直線に突き抜け
「パルスィぃぃぃぃぃぃぃぃぁ!!」
握り締めた…目が覚めた時、体に掛けられていた小さな上着がはためいた
*****
【橋】
「はぁ、はっ…、パルスィ!!」
辿り着いた旧地獄の出入り口近くの橋
呆れる程通い詰めた、今日だって少し前に鬱陶しがられた橋
きっとここに来るだろうと見た、彼女の居場所
「パッ 、…」
走りながら何度も叫んだ名前を、今度は呑み込む
呼ぶ必要は無い 呼んでいたのは探していたからだ
直感めいたものもあるが、実際に肌にピリピリ伝わるものがあった
普段から橋の奥から伝わってくる濁った空気が、普段より淀みを強めて橋から這い寄り、足からよじ登って来る様だ
そんな瘴気じみた気配に当てられてか、普段はまばらな人通りが鼠一匹いない
「……」
下駄の歯を地面から引っこ抜く様に足を上げ、ガランゴロンと歩を進めた
パルスィ
いつもの様に彼女を酒に誘って、断られ
いつもの様に家に連れ込んで、嫌がられ
いつもの様に酒を酌み交わして、呆れられ
いつもの様に私が沢山喋って、
殴られた
(やっちゃったなぁ…ったく)
「嫌そうな顔して楽しんでる部分もあるだろう」と甘く考え、何よりそうして嫌そうな顔をしてるパルスィも可愛いと思ってしまい、ついやり過ぎてしまった
(…駄目だなぁ)
他の連中となら、呑んで騒いで殴り合ってればそれで楽しめるし、自分もそれに慣れきってしまっていた
パルスィと呑むとなると…いやそれ以前にパルスィと交流する段階からか あれこれ考えたが、やっぱり自分は呑みに誘うのが一番取っ掛かりやすく、その上彼女が言葉少ない事もあり私が一方的に話し続け、その上余計な事まで言ってしまったのだろう
決して今回が初めてでは無い
今までにも引っ叩かれたり酒を浴びせ掛けられそこで御開き、なんてて事は何度かあり、そうでなくても彼女が最後まで我慢し続けたと言う事は多かったのだろう
(…調子に乗り過ぎた)
これは自惚れでは無く観察し続けた結論(の筈)なんだが、彼女も彼女なりに会話を続けようと努力しようとしてる様子は見えた
何かを話そうと口を開きかけた事も少なくない 私の話に浮き上がる口角を食い縛って堪える事もあった
パルスィは慣れていないだけなんだ、楽しさや喜びに
あの魅力的な友人がそれらを知らないまま、嫉妬妖怪としての本懐のみに生きていく事が勇儀には忍びなかった
……違う
そうではあるけど、違う
(全部、私の我儘だ)
パルスィと一緒にいたいのも 彼女と同じ事をしたいのも あの娘に笑って欲しいのも アイツと仲良くなりたいのも
全部、私が望んだ事だ
(力の勇儀ともあろう者が、腑抜けたもんだねぇ…)
しかし、それについて別段後悔等の悪い感情は抱かない
むしろ望む所だ
欲しいものは何でも力ずくで手に入れて来たが、こうも思い通りにならないのは久し振りだ
奪い甲斐がある
(こんな自分勝手じゃ、そりゃパルスィも怒るわなぁ…)
でもごめんなぁパルスィ
私、どうにもお前さんを欲しがってるみたいなんだ
その為にも 気持ちよくアイツと仲良くなる為にも
まずは彼女に追い付き、謝り、許して貰わなければ
(…いた!!)
やはり橋の真ん中に、探し求めた彼女がいた
「パル…」
叫んだ、口にするのも心地よい名前は
手摺に叩きつけられ、底の部分を粉砕された酒瓶の断末魔に切り裂かれた