短編 甲

□運命至上主義者、ミリア再び(完成)
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「…でェ?」


耳元で囁かれたミリアが、靴の踵をガタタッと鳴らす程に震え上がった



「お前はいつまでそうして覗いているつもりなのかしらァ…?」



(…!!)



バレた

バレたバレたバレた…!



「出て来なさい」


妹を突き放し侵入者がこちら…巨大な柱時計にカツカツと早足に近寄り、燃え盛る杖を時計盤中心、針の軸に突き刺した


「ねぇ? ねー?ねー?ねー?ねー!? 聞こえてるぅゥ!!?」


淡々とした口調から息が乱れ始め、牙をギラギラと瞬かせ、突き刺した杖と時計自身を掴んだ両手で激しく揺すり、喉の奥からは鳩が鳴く様な笑い声が転がっている


「出て来ないならそれでも構わないんだけどさぁぁ!? ねぇぇ!!?」


機構の狂った時計がボォンボォンと不規則に鳴り続け、あちこちでヒビと炎が走る

時計盤の数字が焼け落ちる 悪魔が笑っている


その中で、私は頭を抱えて震えるしかなかった



「…っ、御姉様!!」



御姉様とやらの動きがピタリと止み



「…んんん〜?」



ビギリッ、と胸を逸らして妹に顔を向けた


「なぁにミリアぁ?」


目だけが笑っていない


「中身を…取り出しても、よろしいでしょうか…?」



「………えぇ どぉぞ?」


御姉様とやらは思いの他あっさりと身を端に寄せた


「……」


熱に歪んだガラスの向こうから、ミリアが近寄って来る


(…、…!!)


私は、震える事しか出来ない





斯くして、ミリアが蓋の隙間にナイフをねじ込み、こじ開け、私は姿を晒す事となった


「…出て来なさい」


姉に向ける声とは明らかに声色が違った


「……」


従うより他なかった


「メイドね」


姉の方も何やら落ち着いたのか、口すら笑わなくなった

その静けさと来たら、全身の骨が氷になった様に感じる程だった



姉の方が言った通り、私はこの館で働くメイドだった




「殺される主人を放ったらかして、庇いもせず隠れていたの?」


「…!!」


本能が二つ訴える

彼女が自分を殺そうとしている事と、それは何をしても避けられないと言う事

結果、私の身体は絞られたボロ雑巾の様に固くなり


「 待って御姉様」


姉に対する妹の制止が、それを解きほぐした


「この娘を、私達のメイドにしましょう」


姉の右手には、今なお燃え盛る杖が猛っていた


「…下僕なんて上に幾らでも残ってるでしょう? 今更一人殺しても…」


杖で床をコンコンッと小突く

直後に、幾数の天井越しに破裂音と悲鳴が響いた


「いいえ違います…あいつらは、館の飯遣い こいつは、私達のメイド」


まるで…と言うより、まるっきり妹が姉に言い聞かせる口調だった


「館の下僕達には館の管理をさせ、この娘には私達の世話をさせるのです」


姉と妹、それぞれの落ちつきようは奇妙に正反対だった


「……」


杖から炎が消えた


「…貴女は、この部屋が持ち場だったんですか?」


改めて妹が尋ねた


「、ぅ…ッうん…」


「でしょうね…内側から鍵を掛けられるくらいには、ここの時計に詳しいみたいですし…」


すっかり焼け落ちてしまった鍵穴を見やる


「貴女、名前は?」


「…十六夜、咲夜」


素直に名乗った


「いい子… ミリアと言います、ミリア・スカーレット」


差し伸べられた手を取り、立ち上がる

冷たい手だった


「いいでしょう?御姉様」


「ん〜…」


両手を頬に当て、頭をユラユラ翼をパタパタ考える


「…貴女、パイは作れる?」


見た目は同い年くらいにも見える幼さ…仕草も考慮すれば相手の方が子供じみている
なのに、どちらが主導権を握っているのかは明らかだった


「、うん…」


「アップルパイは?」


「作れる…」


「ミートパイは? 人肉の」


「………材料が、あれば」


「やたっ♪」


手を合わせてピョイと跳ねる


「いいわよミリア! 貴女は今日もた〜くさん頑張ったからね!? 御褒美よ♪プレゼント!!」


「、ありがとうございます」


カツン、と踵をならして姉…御嬢様は私に向き直った



「では十六夜咲夜…手始めに、“私達の”部屋の掃除をしてもらおうかしら?」


ついさっきまで自分の主だった者と、同じく自分の上司だった者の血肉がぶち撒けられた部屋に手を振る

二、三日は掛かりそうだ




「「「「「他の隠れてる可愛い臆病者達も聞こえてるかしらぁ?」」」」」



事前の深呼吸も無しに満面の笑みから発せられた軽やかな言葉は、しかし館全体に響き渡る爆音だった

どうやら先程の様な分身を館中に放った様で、あちこちから同じ声が全体に拡散した
この部屋だけでも本体以外に二、三人はいる

声量自体は決して大きくはないが、全方向から同じ声を聞かされるのは拷問とみなせる程に異質な息苦しさを感じた



「「「「「私の名はフラン・スカーレット! あなた達の新しい御主人様よ!」」」」」



大き過ぎる音と言うのは、それだけで恐怖を与えるものだ

それの出所がどんな者か知っていれば、もう誰一人として身を縮込ませずにはいられなかった



「「「「「朝までに!私と妹のミリアが気持ちよぉぉく寝られる様に、館中をお掃除して頂戴♪」」」」」



使用人を辞める者は一人もおらず、皆精力的に働いた



「耳 塞いだ方がいいですよ?」


「?」



「「「「「分 か っ た ら さっさと動いてよォォォ!!!!!?」」」」」




実に、必死に
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