短編 乙

□朱い達磨と肌色の武士
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【翌日:海洋上空】





「……」


黙々と

今回の仕事の“報酬”をクッチャクチャと咀嚼しつつ、京士郎は自宅を目指し“真横に落ち続けていた”

海原に血飛沫が降り注ぐが膨大な海水に混ざってしまえば誰も分からない


今朝、教会“エデンの蛇”にランタンを引き渡したのだが、牧師の話ではあのカボチャの悪霊は既に五体満足を取り戻しまた悪さをするまでに復活していたとか

生前からの口八丁で悪魔との契約を逆手に取り好き勝手やってるとの話だが、いくら何でもチョロ過ぎやしないか、契約した悪魔


(悪魔を騙したせいで地獄にも堕ちられないって話だけど、しっかり楽しんでんじゃない)


死神にでも相談してみるかなぁ


そうこうしてる内にたどり着いた故郷の島国

相変わらず大陸と比べて小さい事小さい事


(…どっか寄って行くかな)


教会の仕事も粗方片付き、知人の方は…どうしても急ぐなら連絡があるだろう


いずれにせよ、まずは手や口についた血を落とさねば


(この辺の川は…)


重心は斜め下方六十度

朱京士郎は川を昇った





*****





【人里離れた川:滝壺】





(この時期はまだ冷たいかぁ)


どうどうと流れ落ちる滝からはこの距離からも冷たい飛沫が浴びせかかる

霧状だが、すぐにずぶ濡れになってしまうだろう

出来るだけ飛沫が来ない岩影に移り、京士郎は膝を着き笠を外した


この義手と義足、正体や外し方同様材質も何であるかは分からないがとりあえず水気を弾く事は分かってる

ちょっと川に突っ込めばあっと言うまに洗い落とせる


そして義手・義足に負けず劣らず
謎の多いこの経文も血や水が滲んでは吸い尽くし、文字が滲む様子は無い

放っておけば暴れる義手・義足を押さえつける役割を果たしながら、対価無しに再生するこの経文

下手したら相当厄介な代物やも知れない


(義手の外し方すら分かんないのにこれじゃなぁ…)


最後に口許を洗い落とし、ついでに二、三口飲んでいく


「…はぁ……」


滝が落ち、水が流れる音


「……」


清涼感


「……」




ーーーーー




「……」



「ーーーーーーーーー……」



「……?」



「…ーーあああああああーー…」


「?」


ふと滝を見れば何かが


…誰かが落ちた

そりゃもうザブンと


まぁ実際は滝自身の落ちる音で殆どかき消されていたのだが

人外の耳でなければ聞き逃していたいたであろう




……浮いて来ないわね



(…生きてるかな?)


右の義手をぬっと突き出す


「……」


川底の気配を探る 探る 探る


(……そこッ)


気配の在りかを見定め、グッと掴み、持ち上げる上げる


ゴボゴボと音を立てて引き上げたずぶ濡れの塊を手繰り寄せ、背中の荷物を降ろして仰向けに寝かせる



(……男か)



年の頃は二十歳前後

顔立ちは知人が喜んで弄り回したがりそうな若々しさで、後ろに髪を一つに束ねて…

…うん、特徴は特に無し


「…おい、生きてるー?」


錫杖でジャランジャランと顔を突いてみる

反応無し


「……」


再び右の義手を延ばす

今度は男の腹の上

一呼吸吸い込み…



「ふんっ」


人一人分の重さ
(加減が分からなかったので、とりあえず当の本人の体重)に相当する重心を瞬間的に腹部に
押し付けた


「ッッ…ぶへぁあ!!!?」


気絶していた男は周囲の状況なんて分からなかったろうに、丁寧にこちらから顔を背けて水を吐き出した

気の効く奴


「げほっ…げ、ほ…ぅぇッ…」


「大丈夫そうね」


「はぁっ…はぁっ……っはえ?」


歳の割に若い気はしたが、どうにも根本的に迫力が無い様だ


「えっと…ここは…」


「あの滝の下」


滝を指し示す


「……拙者が、あそこから?」


「うん、落ちて来た」


「……」


茫然


「……はっ」


はたと我に帰った男はきちんと座り直し、手をついた


「た、助けて頂き感謝致す! かたじけない!」


「、うん」


あぁ こいつ人が好過ぎて損するタチだなぁ

と、この島の男児には珍しく女に抵抗無く頭を下げる男を見て京士郎は判断した



「拙者、名を橘虎綱(たちばな とらつな)と申しまする 御見知りおきを」
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