お題用

□「さびしい」なんて言えなくて。
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「ところで、朔夜さん」
「はい?」
「何かあった?」
 急に話題を変えられたかと思うと、彼の本題に引きずり込まれた。
「え?」
「無理して笑ってるみたいだから」
「そんな……」
 朔夜は視線を逸らす。吉良の目を見れば心の底を覗かれそうな気がしたからだ。
「どうしてそんな寂しそうなの?」
 吉良の言葉は鋭いナイフのように突き刺さった。
「別に……私は……」
「家族と離れているから?」
「いいえ」
 朔夜はしっかりと否定した。決して妹達が居ないことを思っているわけではない。
「じゃあ……九くんのことだ」
 吉良は確信を持って言う。
「え?」
「朔夜さんが寂しがるのはそれくらいしか無いと思って」
 吉良はあまり感情の読めない表情で言う。
「雨のせい?」
「ええ、そう。雨のせいです」
 朔夜は言う。
「有也、バイクに乗るでしょう? 雨の日はいつも不安になるの」
 
 雨の日は事故が多いから。

「有也の友人がバイクの事故で亡くなったのも雨の日よ。心配なの。とても」
「それだけじゃないよね?」
「え?」
「気付いてないの?」
 吉良は逃げることを許さないといった目で朔夜を見た。
「どういうこと?」
「寂しさの原因は他にあるんじゃないの?」
 吉良の言葉に朔夜は黙り込む。
 そして。
「これ以上は言わないで下さい」
「え?」
「これ以上言われては抑えられなくなりそうです」
 朔夜は淡々と言う。
「抑えなくて良いんじゃない?」
「いえ、抑えなくては。有也に迷惑を掛けてしまいます」
 朔夜は無理矢理笑って見せたが、その瞳からは大粒の涙が流れた。

「寂しいんでしょ?」
「はい」
「九くんにそう言ったら?」
「言えません」
「どうして?」
「だって、あの人は……」
 言いかけて朔夜は黙り込んだ。

 丁度その時、インターフォンが鳴る。

「はい」
 モニター越しに朔夜は返事をする。
「あー、俺。ずぶ濡れなんだけど入れてくんね?」
 見覚えのある金髪。
 見覚えのある不機嫌そうな目。
 そしてずぶ濡れのバンダナ。
「ゆーくん……風邪引くわよ? ちょっと待ってて」
 朔夜は慌ててタオルを取って戻り、玄関を開けた。
「わぁ……捨て犬みたい」
「……土砂降りでよ」
 ばつが悪そうに言う有也に朔夜はタオルを被せる。
「ちゃんと拭いて頂戴」
「ああ」
 自分で拭こうとする有也の手を遮って朔夜はごしごしと擦る。
「なんかよ、朔夜ってほんっといい母さんになりそうだな」
「はぁ……ゆーくんは何? うちの養子になりたいの? 悪いけどパパは居ないわよ?」
 朔夜はおどけてそう言って見せる。
「そんなんじゃねーよ。って朔夜、お前泣いてた?」
 朔夜の顔を見て有也は言う。
「違うわ」
「違わねぇだろ。誰に泣かされたんだ? まさかあの吉良って奴じゃねぇだろうな!」
 有也が叫ぶ。
「まぁ、当たりなんだけど。いつまで玄関で話してるの? 二人揃って風邪引くよ?」
 吉良が新しいタオルを持って来た。
「吉良さん……ありがとうございます。ゆーくん、ストーブ点ける? 夏だけど」
「いらねぇ。ってかお前んちクーラー効き過ぎ」
 不機嫌そうな有也はずかずかと居間に入る。
「で? なんで吉良が此処に居るんだ?」
「……人生相談、かしら? あ、お茶を頂いたの。ゆーくんも飲みましょ? 身体が温まるわ」
 朔夜は慌ててお茶の準備に取り掛かった。
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