お題用

□知らない世界
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 意外に思うかもしれないが、恋愛映画は好きだ。思いっきり甘ったるいラブロマンスが好き。
 それは自分には到底得ることのできないものだからせめて作り物で疑似体験したいのかもしれない。
 アリエルはギュッと映画のパンフレットを抱きしめる。
 週末に公開されたばかりの新作だ。チケットだって二人分買った。けれどもどうせ一人で観に行く事になるのはいつものことだ。
 それでも、少しばかり期待したい。
 夢を見るのは自由だ。
 ほんの少しだけ期待して、残りは全部諦めで、少し気取って歩きながら彼が現れるのを待つ。
 別にここで彼に会える保証は無い。約束をしていたわけでもなく、そもそもお互いに名前すらちゃんと知らない。
 妙な話だ。
 ただ、いつもより気合を入れたお洒落して、少し高いハイヒールを選んで、わけも無く速まる鼓動を少し楽しみながら、彼を待っている。
「これからデートか?」
 来た。
 思わず心でガッツポーズを取る。
 待っていた人が今声を掛けてくれた。
「別に」
 そっけない返事にしまったと思う。
 折角会えたのだから映画に誘わないと。
「そういうハンターさんはお仕事?」
「まぁな。情報収集ってヤツだ。丁度いい。モンスターのリストあるか?」
 アリエルは溜息を吐きたくなった。
 こんな色気の無い会話ばかり。
 映画のようにはいかなくてももう少し何かが欲しいものだ。
「私、君の情報屋じゃないんだけど」
「そう言うな。俺とお前の仲だろ?」
「どんな仲よ」
「お互い敵にも味方にもなれる。名前は知らないけどな」
 そう、お互い名前は知らない。
 いや、彼の名は聞いた気もするけれど記憶に残っていない。あの時は彼に全く興味など無かったのだから。
「別にリストあげてもいいけど……条件があるわ」
「条件? 血ならやらねーぞ」
「違うわよ」
 そんな人をモンスターみたいに。自分だって人造人間のくせに。
 アリエルは不満を隠しつつ、チケットを取り出す。
「映画、付き合ってくれたらリストあげる」
「映画ぁ? 彼氏に振られた腹いせか?」
「いないわよ」
「は?」
「彼氏なんていないわ。ただ、習慣なのよ。チケットは二枚買うの。もしかしたら素敵な恋人ができるかもしれないって期待して。だって女の子だもん。そのくらい許されてもいいと思わない?」
 惚れた相手が最悪だけど。
 アリエルはそっとチケットを差し出す。
「で? 付き合ってくれるの?」
「……お嬢さん他に人が居ないのか?」
「私はあなたを誘ってるの。ハンターさん」
 まっすぐ、彼を見つめれば驚いたように目を見開く。
「お前、黙ってりゃそこそこ可愛いんだから……他にも居るだろ。もっと若いヤツが」
「私、君より年上なんだけど?」
 これだから人間は。
 外見で判断するなんて。
「ったく。ちゃんとリスト寄越せよ」
 彼は乱暴にチケットを受け取った。
「え? ホントに一緒に行ってくれるの?」
「リストの為だ」
 それ以外に理由は無いと彼は強調するけれど、耳は微かに紅潮している。
「ってこれ、恋愛映画じゃねーか」
「そうよ。女の子だもん普通でしょ?」
 そう言うと、彼は溜息を吐いた。
「ね、折角だから手、繋がない?」
「はぁ?」
「こういう映画行くんだからその方が自然でしょ?」
「……どこの世界にハンターと手繋いで恋愛映画見に行くヴァンパイアが居るんだよ」
「私はダンピールよ? ようこそ、知らない世界へ」
 そう笑えば彼は頭を抱えてしまった。
 ヴァパイアの娘が、ダンピールがハンターに恋するなんておかしな話。
 彼は曽祖父の代から因縁あるジェルシングの一族だって言うのに。
 映画みたいなハッピーエンドなんて無理だと本能が告げている。
 それでも、せめて、今この瞬間だけでも、ラブロマンスのヒロインになりたい。
 アリエルはぎゅっと彼の手を握った。
「そういえば、あなたの名前、ちゃんと聞いてなかったわ」
「……ほんっと、今更だな」
 彼は呆れたようにアリエルを見る。
「ハラルドだ。ハラルド・ヴァン・ヘルシング」
「私はアリエルよ。姓は必要ない。だって、今は闘いを忘れたいもの」
 これは休戦協定。
 人間でもヴァンパイアでもない丁度真ん中の存在。
 だからこそ、そのド真ん中を突き進む。
 平穏も恋も両方なんて欲張りかもしれない。
 けれども、アリエルには覚悟がある。
 どちらでもないのならば、自ら誰も知らない未知の世界に飛び込んで、自分だけの運命の未知を開拓する覚悟がある。
 ぎゅっと手を握れば、微かに握り返される。驚いて彼の顔を見上げれば、どこか照れくさそうに顔を逸らしている。
 もしかすると、ハッピーエンドは不可能じゃないかもしれない。
 そんな期待を抱いてしまう。
 ただ、今は。ほんの僅かな間の幸福に浸ろう。
 アリエルはしっかりと彼の手を握った。
 

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