お題用

□好奇の眼差しが痛い。
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 自分が人間では無い自覚はあるものの、いざ比較してみて何が違うのか理解できないことは多々ある。
 着るものだって行動だって同じ。少しばかり食べるものが違うくらいだとアリエルは思っている。
 普通の女の子だ。お洒落は楽しいし、ロマンス映画が好き。それに雑誌の占いコーナーには絶対に目を通す。
 けれども血筋を考えれば吸血鬼と人間の混血で、モンスターと人間の中間に居る。
 だからこそ共存するための知恵を伝えるボランティアをしている。
 正直アリエルにとって徳は無い。
 人間を守ればモンスターから狙われるし、モンスターを助ければ人間のハンターに狙われる。
 どちらになることもできない。どちらからも嫌われる。
 だからといって人間になりたいとか、吸血鬼になりたいとかどちらか片方を選べと言われても難しい。もう三十年もこの中間を生きてきたのだ。これからもずっと中間のままだろうと思う。

 アリエルは図書館で民間伝承の本を探す。吸血鬼に関する伝承を知り、その中で真実とそうでないものを分け、極力人間側に知られている行動を取らないための手段だ。
 要は生き残ることだけがすべてだ。
 アリエルは一冊の本を取ろうと手を伸ばした瞬間、誰かと手がぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「悪い……って、お前か。ダンピールがこんな本を読むのか?」
 驚いたことによく知る人物だった。
「ハンターのくせに今更こんなの読むの?」
 ハラルド・ヴァン・ヘルシング。
 ハンターなのに何故かアリエルに協力を求め、アリエルを見逃してくれる妙な男。
 アリエルはこの男が嫌いではない。むしろ、彼を好いている自覚がある。
 だから偶然にもここで彼に会えたことは嬉しい。
「ウェアウルフの情報が欲しい」
「だったらオスカーに直接聞けば? 彼、純血種よ?」
 オスカーはアリエルの下僕ということで見逃されている。ただし人間を襲わないことが条件だ。
 もともと人間に紛れ込んで生活をしているオスカーならその心配も無い。
「……お前から聞きたい」
 ヘルシングはオスカーに苦手意識を抱いているようだ。
 オスカー自体は好戦的な性格ではないのだが、お互い立場が立場なので警戒し合っているのだろうとアリエルは思う。
「何が知りたいの?」
 仕方ないと装い、アリエルは訊ねる。
「ウェアウルフにメスは居るのか?」
「ちょっと、それ差別よ。女性よ。女性。居るわ。ごく稀に」
 アリエルは思わず大声を出してしまったことに気づき慌てて調子を整える。
「変身周期の変化は?」
「個体差があるけれど、大抵満月ね。これは自分じゃどうしようもないのよ。あと、うっかり月を見て吼えちゃったり。仕方ないわよ。モンスターなんだもん」
 アリエル自身満月の夜は激しい飢えに襲われる。
「見分け方は?」
「正直私も満月が近づかないとわからないわ。私も満月の夜は出歩かないようにしてるから」
 アリエル自身、滅多に変身したウェアウルフに出会わないのは満月に出歩かないからだ。
「他に特徴は?」
 彼は熱心に情報を集めようとしている。
 アリエルは溜息を吐く。
「私はあなたの情報屋じゃないのよ?」
「なら、この後食事でも行かないか?」
「それって、献血してくれるって意味?」
「普通のレストランでだ」
 わかってるわよとアリエルは笑う。
「デートのお誘い?」
「いや、吸血鬼の血液以外の食事に興味があるだけだ」
「意地悪」
 ここは嘘でもデートだって言って欲しいのが乙女心よ。
 アリエルは溜息を吐く。
「お前はオレとデートしたいのか?」
「別に」
 素直になれないのは性格のせいだけじゃない。
 彼がハンターだからだ。
「吸血鬼の癖にハンターとデートなんて正気じゃないだろ」
「私はダンピールよ。吸血鬼じゃない」
「……ダンピールとデートするハンターも正気じゃないな」
 彼は額に触れる。
「その、女性ウェアウルフにお前が会ったときの印象は?」
 また、自分の用件を持ち出した彼に少し腹が立った。
「ワイルド。少なくともあなたよりずっとワイルドよ」
 ファッションも、食事の仕方も。
 でも、どこかセクシー。
 彼女にはそんな印象を受けた。
「私もオスカーに言われなきゃウェアウルフだなんて思わなかった。うっかり惚れそうになるくらいには素敵な人だったわ」
 そう言って、読もうと思っていた本に手を伸ばす。
「お前には必要なだろう。オレに譲れ」
「嫌よ。私は私で情報収集あるんだから」
「情報収集?」
「ハンターからいかにして身を守るか、よ。こっちだって生き残るのに必死なんだから」
 あくまで彼の前ではモンスター側の意見を言わなくてはいけない。
 彼はあくまでアリエルをモンスターとして見て、好奇心を満たすために近寄ってくるのだから。
「お前のことは殺さないでやる」
「あのねぇ、君以外にもハンターは居るの。君だって知ってるでしょ? それに、家族の安全を保障したいのは人間も吸血鬼も一緒よ? ってか、私の場合、お父様もお母様も守りたいってなったら両方の味方になるしかないと思わない? お母様はもう居ないけど」
 いろいろ複雑なのよとアリエルは言う。
「お前は、こっちに来る気はないのか?」
「え?」
「人間側に来る気は無いのか?」
 彼は純粋に疑問を抱いただけのようだ。
 そんなことはアリエルだって何度も考えたことがある。
 生まれてからずっと、どっちを選ぶべきなのか。
 だけど、もう、答えは決まっている。
「あなたこそ、こっち側に来る気は無いの?」
「は?」
「モンスターでも人間でもない中間の世界に」
 かつて人間だった彼はサイボーグだ。
 望めばアリエルと同じ世界に足を踏み入れることができる。
 人間からも、モンスターからも嫌われる立場に。
「オレは人間だ」
「でも、人間はあなたを恐れるわ」
 こんなこと言うなんて酷いとは理解している。
 けれども、言わずにはいられない。
 もし、許されるなら、彼にはこの中間の世界に来て欲しいと願う。
「オレはそれでもハンターとして生きる。それだけだ」
「そう、なら、あまり私に頼らないことね。もしかしたら嘘を教えるかもしれないわ」
「お前はそんなことはしない」
 あまりにも真っ直ぐな瞳にどきりとした。
「どうしてそう思うの?」
「お前はオレをからかっても、危険なことはしない。オレを殺そうとすればいつでも殺せる距離に居ても攻撃すら仕掛けてこない」
「そりゃあ、ヘルシングを殺しても私には特に徳はないし。ハンター殺してもモンスター殺しても嫌われるんだし。それに……君と居るのは嫌いじゃない……」
 もっと素直になりたいのに、これ以上近づいてはいけないと歯止めがかかる。
 ぎゅっと本を抱きしめて彼の視線から逃れようとする。
「……飯、何がいい?」
「え?」
「奢る。情報料だ」
 見上げれば彼は顔を逸らして言う。
 耳が赤い。
 彼はアリエルを子ども扱いするくせに、時折こういったしぐさを見せる。
 アリエルはどきりとする。
 彼のこういう部分に惹かれるのかもしれない。
「えっとね……お肉料理がいいな」
「やっぱ、生肉とか?」
「……私、ダンピールだから人間と同じもの食べるんだけど?」
 期待して損した。
 彼はきっと好奇心だけで近づいて来るんだ。
 アリエルは悲しくなる。
「あー、お前みたいな女の子はあまり行かないかもしれないが……安くて旨いステーキハウスがあるんだが……」
「行く」
 半ば意地で答える。
 けれども、彼の赤く染まった頬を見て、少しだけ気分が上昇する。
「じゃあ、貸し出し手続きしてくるからちょっと待って」
「はぁ? それお前が借りてくのかよ」
「当然。これが目当てでわざわざここまで来たんだから」
「なら、本の内容を教えろ」
「えー、どうしようかな」
 アリエルは笑う。
 彼とこうする時間が好きだ。
 生きる道も、種族も違うけれど、交わる道を増やしたいと思う。
 いつかは殺しあう日が来るのかもしれない。
 それでも、今はまだこのままで。
 

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