お題用

□夜毎思い出す敵の顔。
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 夜の街に、彼女の姿を見つけてしまった。
 夜間学校の制服を身に纏った彼女の隣には背の高い長髪の男が居る。男が施設から逃げ出した失敗作だと言うことは髪の色ですぐわかった。
 彼女はどこか嬉しそうに、男と並んで歩いている。
「あら? ハンターさん」
 目が合ったと思うとすぐに声を掛けてくる。
 この娘はもう、ハラルドに対しての警戒を完全に解いてしまっている。また、同行者の男も同じく警戒を解いていた。
「こんな夜中にうろつくな」
「これから帰るとこなの。今日のデザートはイチゴのタルトだって今ファニーから聞いたの。ハンターさんにも分けてあげたいけど、うちにお客様は連れていけないからまた今度ね」
 懐っこい彼女は笑う。
「……お前なぁ。少しは警戒したらどうなんだ?」
「私に構う暇があったらお仕事したら? あっちの奥の潰れたキャバクラの隣の裏道、臭うわよ? かなり。死体が動いていてもおかしくないくらい」
「……いると分かっていて放置しているのか?」
「だって、ゾンビなんて相手にするだけ無駄だもん」
 彼女はどうでもよさそうに答える。
 別に人間が襲われても、モンスターが殺されてもさほど心は痛まないらしい。
「私は、私のご飯の心配がない生活が保障されれば他はあんまり興味ないわ。大体モンスター退治はハンターさんの仕事でしょう?」
 完全にからかうような表情で彼女は言う。
 その姿さえ愛らしく見えてしまうのだから、魔性の力に惑わされているのだろう。
 ヴァンパイアは人を惑わす能力がある。当然混血の彼女にもそれがあるはずだ。
 ハラルドは思わず銃に手を伸ばす。
「あ、ゾンビ相手だったらちゃんと頭狙わなきゃだめよ? それか脊髄を破壊するか。一番確実なのは、頭と胴体を切り離してから頭を潰すことね。ついでに銃よりは斧がオススメ」
「この街中で斧を振り回すわけにはいかないだろ」
「え、ハンターさんって、モンスター退治してるって言えば見逃してもらえるんじゃないの?」
「んなわけあるか。だったら苦労しねぇよ」
 ハラルドはため息を吐く。
 本当に世間知らずのお嬢さんだ。
「冗談よ。私、ゾンビって嫌いなのよね。臭いし頭悪いし……私の事食べようとするし」
「ヴァンパイアでも襲撃されるんだな」
「私はダンピールよ。ハンターさん。いい加減覚えてくださらない?」
「そう言うんだったらその呼び方を止めろ」
「そうね、ヘルシング。これで満足?」
 目の前の少女は妖艶な笑みを浮かべる。
「それで? 私の名前は呼んでくださらないの?」
「モンスターの名前は覚えない」
「それで正解。情が移ると殺しにくいのよ。ハンターも。でもまぁ、ヘルシングの一族は別よ? 覚えなくても大抵私たちを狙うのはヘルシングだもの」
 少女は別にハラルドの名を覚えているわけではないと強調する。
 それでいい。
 ハラルドは心の中で告げる。
 名前など覚えていない。
 協力はしない。
 いつかは殺し合うかもしれない相手だ。
「ハンター相手にもう少し警戒しろ」
「平気よ。ファニーがいるもの。大体死なない身体なんだから動くのめんどくさいじゃない」
 彼女はそう言って、連れの男に「行きましょう」と声を掛ける。
 背を向ける瞬間、翻る長い髪からふわりと花の匂いが広がる。
 視線を奪われる。
 ハラルドは、彼女の姿が見えなくなるまでその場から動くことができなかった。
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