お題用
□新たなる世界
2ページ/2ページ
遅れて来たヘルシングが女連れだったせいでカーティスは酷く苛立った。
あの女だ。
ヘルシングを唆してる得体の知れない女。
「おい、ヘルシングどういうつもりだぁ? その女を連れてくるとはよぉ?」
「……しまった、今日は集会だったな。忘れてた。悪い、嬢ちゃん帰ってくれ」
ヘルシングは「忘れていた」などととんでもないことを口にした。
「まぁいいじゃねぇか。んで? そのお嬢ちゃんは新米のハンターか?」
もうすぐ四十になるハンターの男が女を歓迎するように席を指した。
「いや、いろいろあってな」
「なに? ヘルシングのパパにしては随分若いけど……」
「同業者だ」
ヘルシングはそれだけ告げ、また女に帰れと言う。
「ふぅん。それにしても、私って新米のハンターに見える? オジサン面白いこと言うのね。多分私の方が経験豊富よ?」
女は笑ってカーティスの隣をわざわざ選んで座る。
「久しぶりね。カーティス。こないだはどうも私の制服に穴開けてくれちゃって。新調する羽目になったから、これ、請求書ね」
「てめぇ、なんで撃たれて死なないんだよ」
「防弾ベスト着てるもん。ちょっと痛かったけど、パパに内緒で出掛けたからあそこでトラブル起こすわけにはいかないでしょ? あの後制服のこと誤魔化すの大変だったんだから」
女は他の連中には聞こえないようにカーティスに言う。
「てめぇ、何者だよ」
カーティスは銃口を女の額に突きつけた。
「私はアリエルよ。ヘルシングとは時々一緒に狩りをするけど、彼の味方になった覚えはないわ。もともと単独で狩りをしていたの。たまたま現場に居合わせることが多いだけ。で、今日は私の情報が役に立ったから奢ってくれるって約束だったんだけど……ヘルシング、ヴァニラシェイクがいい」
「……奢ってやるからテイクアウトして帰れ」
「えー、酷い。ヘルシングのお友達のお話聞きたいのに」
女がわざと子供のように振る舞っていることも知っている。
ただ、女が何を考えているのかは理解できない。
ふと、カーティスの後ろから、五つ上の先輩に当たるハンターが銃を奪い取った。
「てめっ、何しやがる」
「こんな若いお嬢さんに銃を突きつけるものじゃないよ。昼間っから動き回れるモンスターなんてそうそう居ない。それに、禍々しい気配もないしね」
「じゃあ、なんでヘルシングがこの女連れ歩いてるんだぁ? 気持ち悪いくれぇ昔の女引きずってるヘルシングがよぉ。なんかの魔力で操ってるとしか思えねぇだろ」
カーティスは女を睨んだ。
「ちょっとお兄さん、いくら私が可愛くて美しくて綺麗で魅惑的でお兄さんを魅了しちゃうからってそんな言い方はないんじゃないの? いくら私が悩殺しちゃうからって」
「……やっぱオマエ殺ス」
カーティスはナイフを取り出し女の喉元に突きつける。
「殺すなんて言葉は使うものじゃないわ。思うだけにして、言葉にする時は、殺した。よ」
女は素早く袖に隠した仕込み鎌で応戦する。
「あーあ、この服お気に入りだったのに……やっぱりあなた嫌いよ」
「そこまでだ」
声と同時にヘルシングが二人の頭を掴み引き離す。
外見以上の怪力は人造人間だからかとカーティスは思わず彼を睨んだ。
「お嬢ちゃんも乗り気だったんだからいいだろ?」
「このお嬢さんは大事な情報源だ。まだ殺されるわけにはいかない。オレがずっと追ってる獲物とつながりがあることは確かだ」
「へぇ、あのヴァンパイア?」
「……ああ」
ヘルシングがハンターになったきっかけのモンスター。ヴァンパイア。
カーティスにとってはさほど魅力ある獲物ではない。
簡単すぎる。
「お嬢ちゃんもヴァンパイア専門のハンターなのか?」
同業者の一人が訊ねる」
「まさか。私の専門はウェアウルフよ。一撃で仕留められる」
女はしぐさで銃を持っていることを示した。
「大したお嬢さんだな」
「ああ、彼女の追っている獲物の主がオレの獲物だ」
ヘルシングが嘘を吐いていることは分かる。
こいつらはなにか大きな隠し事をしている。カーティスの直感がそう叫んでいる。
「お前ら、何を隠してる?」
「ほんっと、狗みたいね。あなた」
女は笑う。
「私たちは今、理想郷を追っている、とだけ教えてあげるわ」
「理想郷?」
「ええ、でも、そこにあなたの居場所はない。あなたは、人間にとっても危険だもの」
耳元で囁くように言う女に殺意が湧く。
けれど身体が動かない。
「ヘルシング、やっぱりチョコバニラにする」
「……ほら、これで好きなの買って帰れ」
ヘルシングが札を渡せば女は一度カーティスを見てからカウンターへ向かう。
女の背後に黒い翼が見えた気がした。
カーティスはまだ混乱している。
あの女は一体何者なのか。
ただ、どこか自分と近いものを持っているような気がする。
人間にもモンスターにも混ざれずにいるもどかしいなにかを。
そしてヤツは、カーティスの知らない新たなる世界にヘルシングを連れ去ろうとしている。
そう、彼の直感は唸るように警告している。