お題用
□産声
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「父上、一体何の用です?」
突然全く知らない土地に呼び出されたクリスは不機嫌そうに訊ねた。
「ああ、お前に妹が出来た」
「は?」
クリスは自分の耳を疑った。
一体このジジイは何を寝言をほざいているのだろうとさえ思った。
だが、次の瞬間、扉越しに赤子の鳴き声が聞こえるのだから最早疑いようも無い。
「おお、生まれたか」
父は嬉しそうに部屋に入っていく。
そして、暫くして大人しくなった。
一体何があったのかと気になったが、この部屋の中に自分が入るのもなにか妙な気がして、クリスは躊躇った。
そして、部屋から少し離れた居間の椅子に腰掛ける。
「妹、か……」
考えたこともなかった。
彼は深い溜息を吐く。
今生まれた妹は、所謂異母兄妹というものなのだろうと思うと、ほんの僅かながら父を恨むが、クリスの母は既に300年前に亡くなっている。それをとやかく言う資格は自分には無いことくらい彼にも理解できた。
だが。
「何故よりによって人間の女なんだ?」
彼には理解できなかった。妻にしたいほど愛する女ならば仲間に、ヴァンパイアにしてしまえば良いものを、父はそうしなかったのだ。
暫くして父が部屋から出てきた。その腕には赤子が居る。
「ほら、クリス、お前も抱いておあげよ」
「……ダンピールの赤子を? 正気ですか?」
「紛れも無くお前の妹だ。何せ私の娘だ」
父は気に留めた様子もなくクリスに赤子を渡す。
「……熱い……」
赤子はクリスには無い熱を持っていた。これがヴァンパイアとダンピールの違いなのかもしれないと彼は思った。
「クリス、この子は弱い。人間でもヴァンパイアでもないが故にどちらの仲間にも入ることは出来ない。だから、お前が守ってあげなさい」
「何故俺が?」
空気が凍るほど冷たい声が出た。
「お前の妹だ」
「俺が望んだわけではありません」
そう、彼が言ったとき、小さな赤子の手のひらが彼の頬に触れた。
「……そんな目で見るな」
赤子は不思議そうな目で彼を見上げた。
「名前を呼んでおあげ」
「……待ってください」
「何だ?」
「俺はまだこの子の名前を聞いていません」
そう、彼が言うと父は微かに笑った。
「ああ、そうだったね。その子の名前はアリエルだよ」
これが彼とアリエルの出会いだった。