お題用
□目覚めの時
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一人の男が、水槽の中で沢山のコードやチューブに繋がれてこぽこぽと音を立てながら呼吸していた。
彼にまだ自我は無い。意識も無い。
だが、彼は今、生きていた。
彼はもう、一年もその水槽に居る。
彼は生まれてから一年、ずっとその水槽の中でただ「生きて」いた。
彼にはまだ名前は無い。
そして記憶も無い。
彼にあるのはただそこで呼吸し、チューブから送られてくる動力源を吸収し生存し続けることだけだった。
彼は人であり人ではないのだ。
「グローリー博士、人工知能プログラムが完成しました」
「うん、試してみようか。ほら、あの彼」
ジョット・グローリーは一つの水槽を指差した。
「ですが、彼はまだ試作段階です」
「別に構わないよ。失敗したらまたいつものように処分すればいいんだし」
グローリーは楽しそうに棒付きキャンディーを舐めながら言う。
「じゃあ、後は任せたよ。僕は新しいヴァンパイアの検体を見てくるよ」
「はい」
グローリーが去ったその研究室で、研究員達の声が響く。
「全く、博士は一体何を考えてるんだ」
「さっさと済ませよう。気味が悪い」
「仕方ないだろう。これも仕事だ」
この空間で、彼は歓迎されていなかった。
ただ、意識の無い彼の中に、研究員達の言葉だけは音として入っていた。
今はまだ、それを言葉としては認識できていない。
ただ「生きる」だけの彼にとって、不快や恐怖はまだ存在しなかった。