お題用

□目覚めの時
2ページ/2ページ

 水槽の中の男は、奇妙な感覚に包まれ、漸く自分が何かを「感じ」ていることに気が付いた。
 その途中、彼は自分の中に大量の「何か」が流れ込んできたことに気が付いたのだ。

 はじめに感じたのは激痛だった。
 全身を突き刺す痛みがあった。
 そして次に感じたのは強い光だった。
 そして最後に感じたのは、皮膚に触れる水の感触だった。

「おい、目覚めたぞ」
「すぐに博士に知らせろ」

 彼の耳に最初に言葉として認識されたのはそれだった。
 そう、彼は目覚めたのだ。
 人であり人ではない自分を認識するのにはもうあまり時間は掛からなかった。
 必要なことは全て先程、激痛と共に「流れて」きたのだ。
 彼は知っていた。このガラスを壊せば自分は外に出られることを。そして自分にはそれだけの力が備わっていることを。
 だけどもそれをすれば今度は別の檻捕らえられることも、生命を奪われることも知っていた。
 だから彼は何もしなかった。


「目覚めたかい? X7-186」
 目の前で自分に声を掛けた男がジョット・グローリー、自分の産みの親だと認識するまでに時間は掛からなかった。そしてX7-186こそが自分の識別コードなのだと理解した。
「お前は対魔物生物兵器だ。早速仕事についてもらう」
 グローリーは機械的な声で言う。
 彼もまた何かが欠けているのだ。
「X7-186、何をしている。早くその水槽からでなよ」
 グローリーの言葉に彼は従う。
「ああ、そうだ。外に出るなら人間らしい名前が必要だね。外見だけなら人間と何も変わらないのだから」
 グローリーは微かに笑う。
「X7-186、お前はフランシス・レヴィと名乗るんだ。いいね。そうだな。国籍はフランスって事にしておこう。層見えなくも無い。ああ、その伸びすぎた髪は切るか結うかにしてくれ。みっともない」
 グローリーは新しいキャンディーを取り出しながら言う。
「必要なことは全てプログラムしてある。追加情報はアップデートすればいい話だ。お前は、この娘を探せ」
 グローリーは一枚の写真を取り出した。
「この方は?」
 彼が初めて発した言葉はそれだった。
「アリエル・ディーヴィス。世にも珍しいダンピールだ。無傷で捕らえろ。貴重な生物だ。研究所で保護、観察する」
 彼は写真をただ、見つめた。
「地上に彼女は?」
「ああ、そうだよ。さっさと行けよ」
 グローリーは不機嫌そうに言った。

 目覚めたばかりの彼は少しよろけながら研究室を出た。
 長い廊下を渡り、エレベーターに乗って地上を目指す。

 初めて見た地上の光は妙に眩しいものに感じた。
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ