お題用
□それでもこの思いは変わらない。
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満月は嫌いだ。
アリエルは思う。
満月は彼女にとって自分が人間ではないと言うことを思い知らされる日だった。
脳内にプログラミングされた獣としての性が蘇る。
鮮血を求め月に吠える。まさに獣に化けるのだ。
そんな満月の夜、アリエルは一人部屋の隅で震えていた。
人間でもヴァンパイアでもない中途半端な存在、ダンピール。
自分の血を呪いながら、ただ部屋の隅で丸まり自分を抱きしめて夜を明かすのだ。
「人間は襲わない」
たった一つ、人間の仲間になるための自分で科したルール。
それはとても重い枷だった。
けれども、生まれて三十年、アリエルは一度もその誓いを破ったことは無い。
焼け付くような喉の渇きは人間の血液のみが癒すことを知っても尚、満月の夜に血液は摂取しない。
それは人間としての自分の理性を留めるためだった。
窓と扉に鍵を掛け、外へ飛び出さないように精一杯の工夫をした。
今、彼女にとって一番恐ろしいのは、理性を失って外に飛び出し人間を襲うことだった。
彼女の父や兄は「生きていくために必要だと思って割り切れ」といつも言うが、とてもそんなことは出来そうにも無かった。
半分は人間、半分は怪物……。
全身に焼け付く激痛と、喉の渇き。朦朧とする意識の中、彼女は必死に自分の中の怪物と戦った。
「私は……狩るもの……決して化け物にはならない……」
自分の手に爪を立てる。
一筋、血液が腕を伝う。
そう、満月の夜は自分の血液で喉を潤すのだ。
日の出までの後数時間が途方も無く長く感じられる。
朝陽を浴びればいつもの半化けに戻れるのだと必死に自分に言い聞かせる。
決して人間ではない。
決してヴァンパイアではない。
だからこそアリエルはハンターという立場を選んだのだ。
決して人間よりではない。
決して化け物寄りではない。
中立の立場として、お互いの安全を守るためのハンターへの道を選んだ。
だからこそ、彼女は自分の本能に屈するわけにはいかないのだ。
「私は……ダンピール……それ以外の何でもない……」
自分の腕に噛み付き、激痛に悶える。
夜明けはまだ遠い。
窓ガラスを割って夜の街へ飛び出して、人間の喉に牙を立てればどんなに楽になれることか……。
それでもアリエルの決意は変わらない。
夜明けまで、その一室に少女の叫びが響き渡る。
空はどこか哀しい色に染まっていた。