お題用

□「いきたい」なんて言えなくて。
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「おはようございます。ゆーくん」
「……はよ…」
 ゆーくんこと九有也はとにかく朝に弱かった。
「朝ごはんは用意できてますよ」
「げっ……朔夜が用意したのかよ……」
「何か文句ありますか?」
「……メシは俺が用意するから朔夜は何もしなくていいっていつも言ってるだろ?」
「だったらもっと早く起きてください」
 ぴしゃりとそういう朔夜に有也は溜息を吐く。
「で? メニューは?」
「ベーグルにサラダにヨーグルトにエスプレッソです」
「まぁまともだな。朔夜にしては」
「なぁに? その言い方。お父様は何を出しても顔色一つ変えずに完食してくださるのに」
 有也はこのときばかりは朔夜の父を心底尊敬した。

 朔夜に言われるまま朝食の席についたころ、インターフォンが鳴った。
「ん? 新聞の勧誘か? だったら俺が断ってきてやるよ」
「いえ……この時間に来るのはお隣の吉良さんです」
「はぁ?」
「……いつも朝食を持ってきてくださるんです」
 朔夜は恥ずかしそうに言う。

「朔夜さん」
 ドア越しに吉良の声がする。
「は、はい」
 朔夜は慌ててエプロンを投げ捨ててドアを開けた。
「朝食を作りすぎたから持って来たんだけど、いらなかったかな?」
 吉良がそう言うのは、普段吉良が来た後で用意されるコーヒーの香りが充満しているからだろう。
「あ、すみません。今日は何とか用意できました」
「へぇ、朔夜さんでもそういうことあるんだ」
「朔夜、いつまで玄関で話し込んでるんだ?」
 不機嫌そうな声で有也が玄関に現れる。
「おい、人の女といつまで話してるつもりだ? とっとと出てけ」
 有也は不機嫌そうに朔夜の肩を抱きながら言う。
「ゆーくん、お客様にそういう言葉遣いをしてはいけませんといつも言っているでしょう?」
「朔夜は黙ってろ」
「いいえ、黙れません。ただでさえ目つきが悪いのにそんな言葉遣いをするからみんなに誤解されるのよ?」
「別にそんなのはどうでもいいって言ってるだろ。あー、なんかお前と居ると調子狂うわ」
 有也は朔夜の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ほら、朝飯食うぞ」
「はいはい。吉良さん、すみません、わざわざ持ってきてくださったのに」
「いや、構わないよ。賢哉の餌にするから」
「え?」
 朔夜は耳を疑った。
「同じ大学でトランペット専攻なんだけどいっつも腹を空かせてるんだ。餌付けすれば結構役に立つ」
 吉良はそう笑う。
「餌付け……」
「あ、朔夜さん、学校は?」
「いえ、有りません。そもそも通っていないので」
「ああ、そうだったね。雛が不思議そうにしてたよ」
「そうですか。雛さんは?」
「高校に通ってるよ。女子高」
「まぁ」
 朔夜は「高校」という言葉に少し胸が痛んだのを感じた。
「あ、ゆーくん! 学校遅刻しちゃう!」
「サボる」
「ダメよ! ごめんなさい、吉良さん。これからゆーくんを学校に行かせなきゃいけないの」
「うん。僕もこれから大学だから、じゃあ夕方に夕飯持ってくるよ」
 吉良は当然のようにそう言って自宅へと戻っていった。

「朔夜、随分仲よさそうだな」
「そう、かしら?」
「ああいうの好みなのか?」
 有也は不機嫌そうに言う。彼の手は既に煙草へ伸びてた。
「ゆーくん、煙草はダメよ」
「朔夜……お前、最近小言多くねぇか?」
「ゆーくんが心配だから小言が増えるんです」
「母親みてぇ」
「お黙り」
 朔夜は落ち着きを取り戻そうとコーヒーを飲む。その姿が優美に感じて有也は目をそらせなくなった。
「なぁに?ゆーくん」
「いや、朔夜って綺麗だと思ってさ」
「煽てても何もでないわよ」
「軽く流すよな」
「慣れよ慣れ」
 そう言って朔夜はサラダを口に運ぶ。
 それに合わせて有也もベーグルにかぶりついた。
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