お題用
□気づいたらいない!?
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クリスはその日、優雅に庭の薔薇の手入れをしていた。
彼は毎日、妹のために美しい薔薇をと熱心に薔薇の手入れをしているが、その努力は報われない。なにしろ、肝心の妹は「私、薔薇より水仙が好きなのよね」と、自分の部屋のプランターで水仙を育てていた。
「はぁ、なぜこの美しさを理解しないのだ……」
女性が喜ぶ花といえば薔薇だろうとクリスは考えていたが、彼の妹、アリエルは極めて普通ではない美的感覚の持ち主だった。
なにしろ昔からラフレシアを見て大喜びする子だったのだ。
「兄さん」
「何だ?」
「キューバボア飼いたい」
「は?」
彼は一瞬固まった。そして。
「キューバボアって何だ?」
「蛇」
「は?」
彼はもう一度固まった。いや、蛇と言うものを認識するまでに相当な時間を要したのだ。
「全長は?」
「4mくらい」
「ダメだ」
「どうして?」
「危険だろ。噛まれたらどうする」
実際、クリスはこの539年の長い人生の中、実物の蛇を見たことは無かった。それどころか未だにテレビすら見たことが無いのだ。
「だって、夜行性の可愛いペットが欲しい」
「……可愛いか?」
「可愛い」
クリスは以前父の書斎で見つけた「爬虫類図鑑」に載っていたキングコブラを想像していた。
「お前、趣味悪いな」
「兄さんほどじゃない。じゃあ、兄さんの思う夜行性の比較的大人しい可愛いペットって何?」
「……インドオオコウモリとか?」
「えー、鱗がいい」
「その時点で既にお前の感性を疑う」
大体、鱗はぬめぬめしているだろうと彼が言うと、アリエルは不服そうな表情をする。
「ツルツルして気持ちいいのに……」
「お前は……女の子は普通、猫とか犬とか兎なんかを欲しがるんだぞ?」
クリスは花の手入れを再開しながらいう。
「いいもん、パパに言うから」
クリスは頭を抱えた。あの父はこの娘にとんでもなく甘いのだ。きっと明日の晩にはどこからかキューバボアが届いているのだろう。
「いいか、アリエル。爬虫類は止めろ。奴らは危険だ。中には有毒のものも居るし、何しろ脱走しても気付かないほど静かだ。鳴き声だってしないだろう。それにあの牙がある。万が一お前が噛まれたりしたらすぐにそいつはお父様の手によって抹殺される。そのくらいなら最初から大自然の中でのんびりと生活している方が奴らにとっても幸せだろう?」
そう、言い終わったところで見上げると、既に妹の姿は無かった。
「……あいつは……」
深い溜息が出た。
「大体、何なんだ? キューバボア……」
クリスは頭を抱えた。
妹とは30年の付き合いだが、彼女の行動は全く読めない。
外見ばかりか中身まで幼い妹に困惑するのは大きすぎる実年齢差のせいなのだろうか?
クリスは小輪の白い薔薇を摘みながら深い溜息を吐いた。