お題用

□「羨ましい」なんて嘘だ。
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 それはいつものようにアリエルがオスカーの首に噛み付いた後だった。

「そういやさ、お前、月に一度は人間になるんだろ?」
「それが?」
「いや、便利な身体してんなと思って」
「別に」
 アリエルはオスカーの言葉に苛立った。
「だって、完全な人間になれるんだろ? 俺も一度はまともに人間やってみてぇよ」
 そういうオスカーは純血のウェアウルフだ。
 噛まれたわけでなく、生まれつきウェアウルフなのだ。
「別にいいことなんて、教会に入れてハンターに狙われないことくらいよ?」
「十分だろ」
「そう?」
「ああ、羨ましいぜ。ハンターに狙われねぇとかよ」
 一晩だけの話よ? とアリエルは不機嫌そうに言う。
「ダンピールって結構多いのか?」
「レア中のレアだからプレミアついてるんでしょ?」
「なんだよそれ」
「狂った研究者が私を探してるみたいよ? パパが言ってた」
「へぇ、色々大変なんだな」
 オスカーは人事のように言う。いや、実際人事なのだからそれが正しい反応なのだろうが、アリエルは苛立った。
「ダンピールのどこが良いのよ! 月に一度は無力な人間になって父や兄にまで怯えて眠れない夜を明かす。月に一度は完全な化け物になって抑えきれない本能と戦って自分を傷付けながら眠れない夜を明かす……こんな生活のどこが羨ましいの?」
 アリエルはオスカーの襟を掴む。
「おい、いきなりどうしたんだよ!」
 オスカーは困ったようにアリエルを見た。
「どこがいいの? 半分は人間、半分は化け物……どちらにも入れないこの呪われた血のどこが!」
「悪かった」
 オスカーはアリエルを抱きしめる。
「落ち着けって。俺が悪かった。何も考えないでさ」
 優しく不器用に背中を撫でられ、アリエルは少しだけ安心した。

「オスカー」
「何だ?」
「アンタは、アンタだけは何があっても私を裏切らないでいてくれるわよね?」
「なんだよ急に」
 オスカーは微かに笑う。
「アンタだけは私の忠実な下僕、そうでしょう?」
「ああ、一生お前に尽くしてやるよ。我侭な姫さん」
 オスカーは壊れ物に触るように慎重に、そっとアリエルを抱きしめる。

「アリエル」
「なぁに」
「新月は傍に居てやるよ」
「アンタ、なんか偉そうね。わ・た・し・が、ご主人様よ?」
「はいはい。ワガママおじょーさま」
 呆れた表情のオスカーを小突き、アリエルは腕を抜け出す。
「オスカー、帰りにアイス奢んなさいよ」
「こらっ! たかるな! ビンボー苦学生にたかるな!」
「しょうがないわね。じゃあお好み焼き奢ってあげるから、アンタが焼きなさいよ」
「へいへい」
 呆れ顔のオスカーにアリエルは笑う。

 初めて新月を楽しみだと感じた。

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