お題用

□「さびしい」なんて言えなくて。
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 雨が降っている。
 朔夜が窓の外を見て溜息を吐くと吉良と目が合った。
「あら? 吉良さん、大学は?」
「今日は全休」
 窓を開けて、たったそれだけの会話。
「凄い雨ですね」
「うん。出かけるのが嫌になって止めた所だよ」
 そういう吉良に朔夜の胸はずきりと痛んだ。
「朔夜さん、どうかしたの?」
「え?」
「暗い顔してるから」
 朔夜は恥ずかしくなった。
「あ、雨のせいじゃないですか?」
 恥ずかしさを隠すように言ったが、あまり上手くはいかなかった。
「ねぇ」
「はい?」
「今からそっち行っていい?」
「え?」
「イギリスから紅茶が届いたんだ。一緒にどう?」
 朔夜は驚いた。
「でしたら、ここから入ってください。玄関に回るより速いので」
「ありがとう」
 少し待ってて、と彼は言って奥に行き、すぐに戻ってきた。
「おじゃまします」
 吉良は朔夜に言われたとおり窓から入る。
「これ、アッサムだけど、良かったら」
 そう言って吉良は紅茶の缶を渡す。
「まぁ、ありがとうございます」
「実は紅茶はあまり飲まないんだ」
 吉良は言う。
「朔夜さんはよく飲むの?」
「ええ」
 吉良は月森家のリビングに並んだ大量の紅茶の缶を見ながら言う。
「お仕事に使うの」
「ああ、占いだっけ?」
「ええ」
 朔夜は吉良に座るように促し、電気ポットの電源を入れる。
「へぇ、銀製のポット使うんだ」
 吉良は朔夜の用意したティーポットを見て驚いたような感心したような表情をする。
「父が、道具だけはそれなりに見えるようにしなさいと沢山送ってくれたんです」
 困ったように朔夜は笑い、食器棚でカップを選ぶ。
「薔薇の柄のカップでもいいですか?」
「うん。なんでもいいよ」
「よかった。今日は薔薇の柄が運気が上がるんです」
「へぇ。そういうのあるんだ」
 手際よくポットに湯を注ぐ朔夜を見ながら吉良は微かに笑う。
「占いはあんまり詳しくないな」
「そうですね。男の人はあんまり興味ないのでしょう? 有也もよく「そんな詐欺師紛いの事」って言うもの」
「ふぅん」
 吉良は不機嫌そうに返事をする。
「はじめは父も反対していたんです。女の子が客を家に招きいれてそんなことをするなんてって。でも、私、初めて父の反対を押し切ってこの仕事をしているんです」
「どうして?」
「魔女になりたかったから、ですかね?」
「魔女?」
 吉良は不思議そうに朔夜を見た。
「あ、えっと、マジシャンです。魔法使いっていうか……元は知恵あるものの意味で、昔から女性が多いんです。占いとか呪いとか民間療法とかそういうのを生業にする女性のことです」
「ああ」
 吉良は納得したと頷く。
「それでいっつもそういう服なの?」
「え?」
「なんていうんだっけ、そう、アジア系?」
「いえ、これはただの趣味というか……民族系だと流行が関係ないので長く着れますから」
「ああ」
 吉良は笑う。
「意外と節約志向?」
「いえ、そういうわけでは。でも、洋服って苦手で。ほら、締め付けが多いでしょう?」
「問題はそこ?」
「こういう服の方がリラックスできるんです。だから、雛さんがいつもきっちりした服を着ていて疲れないのかななんて考えてしまいます」
 朔夜が言うと吉良は軽く目を伏せた。
「あれはあれで大変だよ。前に出かけるって言って迎えにいったら着替えに一時間待たされたことがあるんだ。着るのも脱ぐのも大変なんだって」
「ああ、リボンとか多いですからね」
 朔夜は笑う。
 ふと時計を見ると四時を指していた。
「今日は雛さんは?」
「来ないよ。たしかピアノのレッスンだって言ってた」
「まぁ」
「朔夜さんは楽器は?」
「オルガンを少々」
「へぇ、なんか意外」
「どういうイメージでして?」
「ハープとかそんなイメージだった」
「まぁ、私にはそんな器用なことは出来ないわ」
 朔夜が言うと吉良も頷く。
「そうだね。朔夜さんは注意力が無いから」
「まぁ」
「でも、紅茶は美味しいよ。上手いね。淹れるの」
「妹が紅茶が好きなのでお茶の淹れ方とお茶菓子だけは作れるように沢山練習しましたから」
 そう告げれば吉良は呆れ顔だ。
「どうしてそれが料理に向かないのかな?」
「一人だとやる気が大幅に減るというか……」
「ああ、成程」
 吉良は納得したように頷いた。
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