お題用

□「いっしょ」なんて言えなくて。
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「そういえばさ、朔夜ってお隣の吉良さんのことは苗字呼びだよね」

 突然、由希に言われ朔夜は驚いた。
「どうしたの? 急に」
「いや、ほら、有也のことはゆーくんだし、幸平のことは幸ちゃんとかアッシーくん呼びでしょ? それを考えれば男の子でふつーに呼ばれてるのって吉良さんくらいかなって」
「まぁ」
 朔夜は微笑む。
「そんなこと解りきってるじゃない」
「え? どういうこと?」
「吉良さんも「朔夜」なのよ? 「さーくん」とか「さくくん」とか呼んだら私も「さーちゃん」とか呼ばれる危険があるの。もっと悪くしたら「さっちゃん」よ? 私がそんな危険冒すわけないじゃない」
「あー、そういえば朔夜って昔「さっちゃん」って呼ばれてたわね」
「……忘れなさい。そんな過去は。そんな屈辱は洗い流すの」
「えー? 可愛いじゃん。さっちゃん」
「嫌よ。それじゃあまるでサチコじゃないの」
「あー、都市伝説? ってか朔夜が知ってることがウケるし」
 腹を抱えて笑い出す由希を睨みつけ、朔夜は口を開く。
「昔瑠衣ちゃんと羽留ちゃんがそんな話をしていたの。羽留ちゃんとか怖がりだから夜になって眠れないって私のベッドに潜り込んで来たわ……」
 懐かしいわと朔夜は言う。
「そういや、朔夜の妹二人は留学中だっけ。スペインだっけ?」
「イタリアよ」
「お父さんは?」
「キューバに居るみたい。昨日葉書が届いたの」
「あれ? 朔夜のお父さんって何の仕事してたっけ?」
 そう訊ねられ、朔夜は考え込む。
「あれ? 確かこの前は貿易商って言ってたわ。その前は軍人ってもっと前は酒場のマスターって言ってたかしら?」
「は?」
「嘘か本当か解らないのよね。あの人は」
 朔夜は困って笑う。笑うしかなかった。
「まぁ、いいや。で? どうなの? お隣さんとの仲は?」
「ゆーくんが入ると険悪。ゆーくんが居なければ良好かしら?」
「有也邪魔者?」
「そんなこと無いわ。でもほら、あの人目つきと口が悪いから誤解されちゃうのよね」
 朔夜が言うと由希は呆れたように溜息を吐いた。
「朔夜って、有也のどこがいいの?」
「一途で真っ直ぐすぎるお馬鹿さんなところが可愛いの」
「それってただの馬鹿じゃない?」
「いつでも一所懸命なのよ。あの人は」
 朔夜は思う。
 一緒に居ると疲れるはずなのに居ないと物足りない人だと。
「一途で真っ直ぐなのは朔夜も一緒じゃないの?」
「え?」
「自分の道は曲げないでしょ? 朔夜は」
 そう言われればと朔夜は思う。
「頑固よね。私も」
「有也は結構回りに流されるくせに朔夜のことだけは真っ直ぐだから不思議なんだよね」
「そうだったかしら?」
「そうよ。あいつ、めんどくさがりでしょ?」
「まぁ、そんなところもあるわ。でも、自分に正直なのが一番いいでしょ?」
「あばたもえくぼってこのことよね……」
 由希は憐れみの篭った目で朔夜を見た。
「まぁ、失礼ね。ゆーくんだっていいところは沢山あるのよ? ご飯作ってくれるし」
「じゃあ吉良さんは?」
「ご飯、美味しいのよね。いい人よ」
「じゃあ、安田さんの奥さんは?」
「煮物がとっても美味しいの。いい人よ」
 朔夜がそう答えたところで由希は深い溜息を吐いた。
「……アンタの基準ってさ、ご飯じゃないの?」
「え? そんなこと無いわよ」
「……なんか……餌付けされてない?」
「そんなこと無いわよ」
 朔夜がそういったとき、インターフォンが鳴った。
「はい」
 朔夜は慌てて玄関に駆ける。
「朔夜さん、ポトフ作ってみたんだけど食べる?」
「あ、吉良さん。良いんですか?」
「うん。なんか朔夜さんに食べて欲しくて作ってる感じ」
「え?」
 吉良の言葉に朔夜は戸惑う。
「雛より美味しそうに食べてくれるから。雛にあわせて作るとどうしても甘くなっちゃうから」
「まぁ」
「家来る? それとも鍋持って来たほうがいいかな?」
「え? あの、今友人が来てるんです」
「じゃあ鍋持ってくるよ。作りすぎたから」
 吉良はそう言って自宅へと戻っていく。
「朔夜、吉良さんって変わってるね」
「え、ええ」
「ってかアンタ完全に餌付けされてるし」
「そう、かしら?」
「そうだよ」
 由希は溜息を吐く。
「結局有也も同類項なんじゃないの?」
 呆れたように言う由希に、朔夜は困り果て、笑うことしか出来なかった。





緒」なんてえなくて。

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