お題用

□記憶
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 漆黒の闇に、一人の少女が佇む。
 突如光が現れた。
「よぅ」
「あら、間抜けなハンターさん。何か御用かしら?」
 分厚いセーターを着て、マフラーを巻いた少女は何やら袋を抱えながらヘルシングに挨拶ともいえない挨拶をした。
「何だ? その格好は」
「人生初の銭湯体験してきたの」
「へぇ……」
 ヘルシングは既に「お前が何をやっても最早おどろかねぇよ」という目でアリエルを見ていた。
「で? 私に何か用?」
「モンスターのリスト、まだ持ってねぇか?」
「あら? 私は別に君の仕事の斡旋をしているつもりは無いんだけど」
「……新月だからな」
 満月なら容赦なく仕事をこなしてると彼は言う。
「そう」
 アリエルはさして興味無さそうに答える。
「ところで……何故銭湯なんだ?」
「兄さんがファニーを殴り飛ばしてシャワー壊したの」
「何があった?」
 ヘルシングもアリエルの兄、クリスが妹のことになれば気性荒い者であることは知っているが、誰かを殴り飛ばしてシャワーを壊すとは何事かと驚いた。
「昼間にファニーと一緒に木苺のジャムを作って兄さんの顔に塗ったくって遊んでたの。起きた兄さんにファニーだけ殴られたの」
 アリエルは兄さんって横暴よ。などと言う。
「……妹は殴れないから代わりにだろう」
「そうね。ファニーにはかわいそうなことをしたわ。だからお詫びに私の部屋のカーテンをあげることにしたの」
「カーテン?」
「うん。ファニーは服を作ってみたいっていつも言ってるからカーテンの生地使えるんじゃないかって」
「……普通に生地を買ってやったらどうだ?」
「それも考えたけど、まずミシンを買ってあげたいわ」
 あの子、ちゃんとお給料貰ってるのかしらとアリエルは言う。
「俺の記憶に間違いが無ければ、あいつは対魔物用生物兵器、完全な戦闘タイプだったと思うが?」
「あら。ファニーはいつだってハウスメイドアンドロイドになりたかったって言ってるわ。あの子、家事が好きなの。何で人造人間には進路希望調査が何だろうって不思議がってたわ」
「……あれは完全な失敗作だな。グローリーにはそう伝えておこう」
「あら、ある意味成功じゃない? あの子、人間より人間らしいもの」
 アリエルは笑う。
「ふむ、人間の記憶とは酷く曖昧なようだな」
「そうね」
 アリエル欠伸をする。
「私、眠いの。もう帰るわ」
「一人で大丈夫か?」
「あら? 心配してくれるの? ってそんなわけ無いわね。どうせ私の家に上がりこんで兄さんとパパを殺すつもりなんでしょ?」
「バレたか」
「当然よ」
 アリエルは軽くヘルシングを睨む。
「けど、今のお前はただの人間だ。夜は変なヤツが多い」
「例えば君とか? ロリコンハンターさん」
「なっ……」
「オスカーが言ってたわ。ハンターさんはロリコンだって」
「そんなわけあるか!」
 ヘルシングは叫ぶ。
「ほら、とっとと帰れ」
「帰りますよ」
 アリエルは不思議に思う。
 新月に人に会うことが恐ろしくなくなった自分に。
 何より、人間としてヘルシングに会うのはとても楽しいような気がする。

 家に向かう足取りは軽い。

「また、次の新月に会えるかな?」
 この楽しいひと時は、これから先の長い、果てなく長い人生の中に深く刻まれるのかもしれないと彼女は思った。

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