お題用

□見た目、良い人。
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 吉良先輩は、外見だけなら凄く良い人に見えると誰もが言う。
 確かに、普段は、眼鏡かけて本なんか読んでとても俺たちと同じ世界にいるようなやつには見えない。
 何より、吉良先輩は自分から喧嘩は仕掛けない。
 向かってきたやつを足技だけでやっつけるのが吉良先輩だ。

「ユーヤ」
「なんッスか?」
「いや、随分暇そうな顔でぼけーっと空見てるから声かけただけ」
 吉良先輩はおかしそうに言う。
「俺は先輩と違ってオリコウサンじゃないんで」
「は?」
「本なんて読んでも数秒で眠くなるし、音楽聴いても眠くなるし」
 そういや前に朔夜に薦められた本、結局読めずに返しちまったな。
「本は嫌いか?」
「嫌いっつーかなんか眠くなる」
「興味が無いからだろ? 興味のあるものからはじめれば良い」
「じゃあ、先輩が今読んでるのは?」
「ん? これは戯曲だ。シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」お前もタイトルくらいなら聞いた事あるんじゃーねーの?」
「あれだろ? 「私をただ、恋しい人だと呼んでください。すぐにでも洗礼を受けて名前を変え、ロミオという名前とは別な人間になりましょう!」って男が女に語りかけるやつ」
「……また微妙な台詞を選んだな」
「この前、朔夜っと、カノジョが家で一人芝居やってたんだよ。戯曲開きながら。なんでもジュリエットやるって」
「へぇ」
 吉良先輩は驚いたように俺を見る。
「例の彼女がね。ユーヤ、芝居でもやれば? 喜ぶんじゃねーの?」
「はぁ? 俺が芝居?」
「不満そうだな」
「当然だ!」
「ユーヤ、趣味の一つくらい見つけろ。振られるぞ?」
 先輩の言葉が妙に突き刺さる。
「そ、そんなこと……」
「ユーヤさ、彼女にストーカー被害届出されそうになったんだって?」
「うっ……」
「まぁ、随分寛容な子だから、多少のことには目を瞑ってくれるとは思うけど、そう長くは続かないと思うぜ?」

 先輩は良い人なんかじゃない。
 俺たちはみんな知っている。だけど他の奴らは気付かない。
 先輩は常に相手の弱点を探り、そこを的確に付く。先輩の言葉は鋭いナイフのようだ。

「先輩は……カノジョいるんですか?」
「いるよ」
「どんな人?」
「年下の可愛いタイプかな?」
 先輩は微かに笑う。
「その人、大切?」
「まぁね」
「やっぱアンタかっけーよ。そういうのさらっと言う辺り」
「そう?」
 先輩は本を閉じて眼鏡を外す。
「ユーヤは、彼女に言えないの?」
 そう、真っ直ぐ俺を見て言う先輩に、思わずどきりとする。
 先輩が綺麗っつーのも少しはあるかもしれないが、多分、この目に全てを見透かされそうで身がすくむんだ。
「俺は……」
「まぁ、ユーヤは肝心な所でヘタレだから仕方ねーか」
 先輩は地面に寝転んだ。
「へ?」
「だってそーだろ? 例の彼女口説くのに三ヶ月も掛けて未だにキスすらしてねぇって、噂なってるぞ?」
 先輩は笑って言う。
「ってかそんなに可愛い子?」
「可愛いっつーか、傍に居ると落ち着くっつーか……」
 朔夜の顔が思い浮かぶ。
「……癒し?」
「ふぅん」
 先輩はニヤニヤ笑ってる。
「なんッスか?」
「いや、別に。ユーヤも結構可愛いトコあるじゃんって思っただけ」

 やっぱり先輩は良い人なんかじゃない。
 凄く嫌な人だ。
 見た目に騙されちゃいけない。
 今は穏やかだけど、きっと怒らせればヤバイ人だし、なにより……

「先輩。俺の弱味握りすぎ……」
「いや、ユーヤがわかりやすすぎるだけだろ」
「そうッスか?」
「ああ。そうだよ。まぁ、俺は可愛い後輩を苛めたりはしないけど」

 俺は先輩に気に入られているらしい。
 先輩の傍が居心地いいとか感じてる時点で、きっとこの人の何かに洗脳されているんだろう。
「あ、ヤベっ」
「ん?」
「また遅刻するっ! あいつすぐ拗ねるんだよ」
「なに? デート?」
「いや、妹達を紹介したいって言ってた。じゃ、先輩、また」
「ああ」
 俺は全速力で月森家を目指す。

 背中に受ける先輩の視線はどこか朔夜が俺を見るものに似ている気がした。

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