お題用

□名乗るべき『名前』は
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 世の中の悪役と言う者は決まってと言って良いほどに、「何者だ!」と訊ねて英雄を見る。
 英雄はと言えば「名乗るほどのものじゃない」とか「通りすがりの  だ」なんて答える。
 私はどうだろうか。
 ハンターには「何者だ!」と言う方の立場であり、モンスターには「通りすがりのダンピールよ」なんて言いながら氷の微笑をう帰ることだってできる。


「ねぇ、ハンターさんはどう思う?」
「は?」
 偶然、パン屋で見かけたヘルシングをお茶に誘い、そう訊ねてみた。
「全く話の流れが見えん。そして、俺はなぜお前と茶を飲んでいるんだ?」
「あら、私がハンターさんと二人で過ごしたかったから、じゃダメかしら?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて見せる。
 こういう仕草をすると、外見に相応だとオスカーなんかは言うけど、私がこんなことをしたところで可愛気なんてものは無いだろうに。
「お前は立場を分かっているのか?」
 彼はため息を吐く。
「わかって……る、つもりよ。ダンピールのくせにハンターさんに惹かれ、愚かにも人間になることを望んでしまう。叶いっこないって分かっているのに……ねぇ、ハンターさん、私はやっぱりモンスターかしら? それとも人間の仲間になれるかしら?」
 本題はそこ。
 私はどっちなのか。
 それだけだ。
「お前……本気か?」
「さぁ? でも、ハンターさんが気になるのは本当よ。だって、とっても変わってるもの。人間のくせにモンスターと戦うなんて。いいえ、人間ですらないのに人間側から動こうとしないところがとっても不思議。あなた、ファニーと同じでしょ?」
 アンドロイドとでもいうのだろうか。機械で出来た人間。
 あれは不思議だ。
 どうやって生きているのかよくわからない。けれども食事を取らなくても死なないと言うから不思議だ。
「生憎俺は奴とは違う。サイボーグだ」
「何が違うの?」
「もともと人間か、初めっから人工物かの違いだ」
「ふぅん。じゃぁハンターさんは人間だったんだ」
「今だって人間のつもりだぜ」
 そう言ってコーヒーを飲む。
 その姿がスムーズで、とてもきれいに見えたなんて本人には言えない。
「じゃあ、ハンターさん、私はどうかしら? 生まれた時から人間でもヴァンパイアでも無いの」
 そう告げると彼は困ったような表情をする。
「ねぇ、教えて」
 彼に訊いても無駄だと分かっているのに、どうしても問い詰めてしまう。
 他に頼れる人が居ない。そう思っているのかもしれない。
 こういった話題は父上達には知られたくないし、ファニーには答えられない。オスカーに訊いても「好きな方を選べ」と言われて終わるのが目に見える。
 だったら目の前に居る男、ヘルシングにしか訊ねられないのだ。
「どちらでもないと言うことはどちらにもなれると言う意味か?」
「不本意だけどね。ねぇ、御伽噺みたいに、恋した相手と同じくなれたら素敵よね」
「どんな御伽噺だよ」
 彼はため息を吐いた。
「父上が昔読んでくれた本の中に、サキュバスの話があったの」
「あー、夢魔か」
「ええ。恋をした相手に合わせて性別が変わるんですって」
 そんな風に、私の中の血も変わってくれればいいのに。
 そういうと、突然頭に重さを感じる。
「馬鹿か。いいのに、じゃねぇだろ。現状は違うんだ。この現状の中でお前の好きなように動けば良いだろ」
 ねぇ、ヘルシング。あなたはどうして優しいの。
 私の命を狙っていたくせにふとした瞬間に、私に優しさを見せるのはどうして?
「意地悪」
「悪いかよ」
「悪いなんて言ってないわ」
 私はなんて愚かなんだろう。
 もう、この人と会ってはいけない。
「次にあなたに会うときは、なんて名乗ったら良いかしら?」
「へ?」
「ヴァンパイアの娘かしら? ドロテアという愚かな女の娘かしら? それとも……ただのアリエル・デーヴィスで良いのかしら?」
「どういう意味だ?」
「なんて名乗ったらあなたに相手してもらえるかって、そんなことばっかり考えてるの」
 まるで恋する乙女みたい。
 彼は三つも年下なの。
 それなのに、見た目は私より一回りも上に見えるのよ。
 ほんと、人生って不公平。
 あら? 私の場合も「人生」っていうのかしら?
「殺されたいならヴァンパイアを名乗れ」
「そうしたら地の果てまで追ってくれる?」
「冗談だろ?」
「結構本気よ」
 そう、本気なの。
 いつの間にか、私の頭はあなたでいっぱい。
「通りすがりのダンピールは卒業したいの」
「なんだ? そりゃ」
 呆れたようなあなたの声すら心地よいの。
「もういいわ。ヘルシング。奢ってあげる」
 彼が手を伸ばした伝票を奪い取って支払いを済ませる。
「次に会うときは、ハラルド・ヴァン・ヘルシングに恋焦がれる一人の少女で良いかしら?」
 悪戯っぽくそう言って見せれば、彼はぽかんとした表情で、私を見て、それから赤くなった顔を手で覆った。
「馬鹿か! 大人をからかうな!」
 そう叫んだ彼を残して、店を出る。
 もう、日は傾いていた。
 

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