お題用
□目を開けたら
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公園のベンチに腰を降ろして耳を澄ませば、葉の擦れる音や鳥の声が心地よい。
ジーグは日陰が心地いいのか隣ですやすやと眠りだしている。
「ジーグったら……」
可愛いなぁとそっと撫でれば、突然目の前が暗くなる。
「何?」
誰? より先に出た。
誰かなんて訊くまでもない。
この手が分からないはずがない。
「昼間からこんなところに居て平気なのか?」
「平気、では無いわね。紫外線はお肌の敵だもの」
「こうして聞くと人間の、普通の娘のようだな」
振り向こうとしても、彼の手は私を押さえて顔を見せてくれようとはしない。
「隣、いいか?」
「いいわよ」
「……無防備だな」
「貴方だから」
私を殺したりはしないでしょう? と笑って見せれば溜息を吐かれる。
「一瞬人違いかと思ったぞ。こんな昼間の日差しのきつい日に公園のベンチでペットと戯れるダンピールなんて聞いたことが無い」
「いいじゃない。ジーグもお出かけしたいって言っていたの」
そう言うと、手を離される。
「やっと顔を見せてくれたのね」
「何だ? そんなに見たかったのか? 俺の顔」
「見たかったわ。貴方のその醜い顔。どうやって馬鹿にしてやろうかって考えていたのに、ちっとも顔を思い出せなかったの」
そう言うと、彼は不機嫌そうに「悪かったな、醜くて」と私を睨む。
「悪くないわ。貴方の顔、結構好き」
「なっ……」
いつも不機嫌そうな目とか、いつもずれ落ちそうな眼鏡を愛用しているところとか、意地悪に笑うところとか、そういったところを見ると凄く安心する。
「ハンターさん」
「ん?」
「お願いがあるの」
「お願い? 俺にか?」
「貴方によ」
それ以外に誰が居るの。そう言うと呆れたように溜息を吐く人。
「何だ?」
まっすぐ目を見られて、心臓がとくんと跳ねるのを感じる。
戦いにも似た緊張感。
「私を、地の果てまで追って」
「は?」
「それが貴方の仕事でしょ?」
「いや、意味が分からん」
ヘルシングは呆れたように私を見る。
私はこの人を呆れさせてばかりだ。
「私の心臓はここよ。狙って、撃ち抜いて。地の果てまで追いかけてきて」
貴方だけが私に生きていることを実感させてくれる。
「馬鹿言うな」
軽く頭を小突かれる。
「今更お前を殺せるわけがないだろう……」
そんなに寂しそうな顔をしないで。
「じゃあ、もう、会えないの?」
「どうしてそうなるんだ?」
「だって、貴方はハンターだもの。そうじゃなきゃ私に会う理由が無いわ」
そう言った瞬間抱きしめられた。
「ハンターさん?」
「会いたいならいつでも会ってやるよ」
そう言う貴方はどうしてそんなにも切ない顔をしているの?
そう、訊ねることなんて出来ない。
「目、閉じろよ」
「え?」
「ほら、早く」
急かされ、言われたように目を閉じる。
すると、彼の片手が離れて、そして、胸元に、そう、心臓の辺りにひやりとした感触があった。
ああ、このまま貴方の腕の中で死ぬのだろうか。
そう思った。
油断させて私を殺すつもりだったのだろう。
けれど、それでも良いと思った。
「目、開けていいぜ」
「え?」
その言葉に驚いた。
胸元を見れば、金に煌く紅。
「なぁに? これ」
「お前にやる」
「え?」
「お前に持っていて欲しい」
そう言う彼の表情はやっぱり切なくて、苦しくなる。
「ハンターさん……」
「その呼び方、やめねぇか?」
「え?」
どうして急にそんなこと……。
「まぁ俺も君の名前を知らないのだが……」
「そうね。じゃあ、次に会ったら、名前、教えてくれる?」
「次でいいのか?」
「ええ。次も貴方に会えると思うとそれで十分よ」
膝の上に重さを感じた。そう思うと肩に毛皮。
「ジーグ……起きたの?」
擦り寄ってきたジーグは、ほんの少しヘルシングを威嚇した。
「おや、随分懐いてるんだな。ご主人の敵が気に入らないらしい」
「まぁっ」
ジーグを撫でてやれば威嚇を止める。
「もう夕方だ。帰ったほうが良いんじゃないか?」
「そうね……また、会いましょう。ハンターさん」
「ああ。お嬢さん」
そう、私を呼んだときの彼の表情が、今までに無いほど優しくて、心臓が跳ねた。
恥ずかしさを隠すように、慌てて家のほうに駆ける。
今頃は兄さんも父上も起きだすころだろう。
家に帰るまでにはこの熱は冷めるだろうか。
いや、冷めて欲しくない。
目を開けたら全部夢、なんて考えてしまう。
やっぱり私は臆病だ。
恐れることしかない。
貴方との時間が夢だったら、なんて。
怖くて堪らないの。