「麝香(ジャコウ)-MUSK-」
□第1章 X
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土曜になった。
本来なら仕事の日だが、先月休講になった英文の授業が今日に変更されたのだ。広い邸宅に悠璃をひとりにするのは気がかりだったが、平気だと言い張るので仕方なく授業に出る事にした。
一回ぐらい休んでも、太田に代返頼めばそれで済んだのだが。
いつもの様に単車を走らせて大学に向かった。構内を歩いていると、木の下で太田が女と話をしている所に出くわした。今度の彼女はえらく長身で、背の高い太田と幾らも変わらない。よく見ると、厚底の靴を履いていた。通りで背が高いはずだ。
いちゃついていたが俺に気付いた太田は女と別れ、傍に近寄って来た。
「よっ、色男」
太田は俺の事をそう呼んだ。どっちが、だ。
「太田に言われる筋合いはないけどなぁ」
「行って来たのかよ、牟田先生のとこ。どうだったんだよ」
「いいや、先に彼女を説得しないとなあ…」
「そうか、どうなんだよ?彼女、悪化したのか?」
「何とも言えん」
「…おまえな、マジに言えよ。心配してやってんだから」
「悪い、言えない事もあるんだよ、色々と。複雑すぎて」
煮え切らない俺に太田がキレそうになる。協力して貰っておいて結果を言わないのは反則かも知れないが、知られて困る事もあるのだ。
「また、気が向いたら報告するから」
そう言ってその場を後にした。