プチ連載
□part2.大怪盗の恩返し
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キッドの治癒力の早さは、並の人間とは比べ物にならなかった。
一般の人間があれだけの怪我を負ったなら一か月は絶対安静が確実だろうに、彼は数日ほどで動けるまでになっていた。
「驚いたわね…貴方モンスターか何かじゃないの?」
「ご期待に添えられずに申し訳ありませんが、私はれっきとした人間ですよ。
私の自己治癒力が凄いのではなく、ドクターの治療技術が素晴らしいのでしょう」
キッドは、いつの間にか雪華を敬うように「ドクター」と呼ぶようになっていた。
雪華本人はどんな呼び方でも興味ないようで、拒絶もしなければ固定もしないで受け答えしている。
「動けるようになったなら好きな時に勝手に出て行って良いわよ。」
「…好きな時に?」
「ええ。いつまでも知らない女の家にいるなんて貴方も嫌でしょ?
但し、此処から出ても一週間は派手な行動はしないこと。傷が開いたら面倒だからね」
「なるほど」
分かっているのかいないのか、キッドの返事は何とも適当なもので、雪華は眉を寄せた。
―ホント何考えてるのかまるで分らないわねこの男…別に理解したいなんて思ってないけど。―
まあこの男と関わるのはこれきりだろうと深く追求せずに、雪華はキッドを置いて仕事に向かった。
帰ってきた頃には既に白い姿は消えているだろうと、たいして気にせずに。
が。
そんな予想は見事に吹き飛ばされたのだった。
深夜に帰宅すると、何故かまだ怪盗の姿がマンションにあり、更にはとても豪華な夕飯まで用意されていた。
雪華が玄関に入る前から彼女の帰宅を察知していたらしいキッドは、どこから持ってきたのか分からない黒のシンプルなエプロンを付けて完璧な笑顔で出迎えたのだった。
「おかえりなさいドクター。お風呂にしますか?ご飯にしますか?」
怪盗紳士のキラキラスマイルに出迎えられた雪華は、状況に付いて行けずに数秒固まり、その後半目で青年を睨んだ。
「ちょっと…何でまだここにいるの?」
「ドクターは私に「好きな時に出ていけ」と言いましたよね?ということは「好きなだけここに居て良い」と言うことでしょう?ならお言葉甘えさせて頂こうと思いまして。」
完全感知するまでここに居座ろうと言うことか。確かにその方が都合が良いとは思うが。
「…貴方仮にも国際的犯罪者でしょ?私が通報するとか思わないわけ?」
「それはありません。貴女のもう一つの職業柄でも、必要以上に警察と関わりたくないでしょう?」
「―――…」
雪華の纏う空気が鋭くなった。
「そんな怖い顔をなさらないでください。折角の美人が台無しですよ?マイドクター」
「私は貴方の医者になった覚えはないわ。」
「つれないですね。貴女を知りたかったので、少し調べさせて頂きました。
丁度使わなくなった男物の衣服もありますし、問題はありませんよね?」
「………」
どこまで調べたんだ、この男。
警戒を一層強めた雪華に微笑み、キッドは跪いて彼女の手を取った。
恭しく手の甲に口付け、これでもかという程の甘やかな微笑を浮かべる。
「それに、恩はきちんとお返しするのが私のポリシーですので。」
「…怪しすぎて笑えないんだけど。」
「まあそう仰らずに。心を傷付けられたレディを前にして、放っておくなど紳士の名が廃ります」
「………そう。その身体で慰めてくれるって言うの?」
嘲笑を含んだその笑みに、キッドは瞳を細める。そして妖艶に微笑んだ。
触れていた手からするり、と上へ移動し、細い手首から腕を撫で上げる仕草があまりにも扇情的で。
「貴女が望むなら。マイドクター」
妖しい雰囲気になってきたなと思いながら、雪華は至極落ち着いた声音で口を開いた。
「…とりあえず、折角作ってもらったんだから食事を頂くわ。」
「では、温め直しましょう」
先程の妖艶な雰囲気から一変してにっこり爽やかスマイルを浮かべたキッドに呆れつつ、雪華はテーブルまでエスコートされたのだった。
大怪盗の恩返し
(お風呂の準備も出来てますよ?)
(準備周到ね…入るわ)
(お背中お流しましょうか?)
(結構よ。)
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