捧げ物

□紅南的ヒエラルキー。
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「何さ、この犬っコロ!」

「犬やないわ!可愛げないやっちゃな、ホンマに!!」

廊下のど真ん中、今日もつまらない事で言い争っているつぐみと翼宿。もはや普通の光景過ぎて誰も止めることはなく、井宿もただ黙って眺めているらしかった。

途中通りすぎた大臣が「おや、今日は何事ですかな?」なんて髭を撫でて笑っていたのには少し参ってしまった。

──はて原因は何だっただろう。本人達もそんな事は忘れてしまっている。

「おい井宿!お前自分の女くらいちゃんと面倒見んかい!それでも飼い主か!」

「翼宿が大人になればいいだけのだー。まぁ、君達が殴り合いでも始めたら呪縛回収するから、安心していい」

「阿呆!女なんか殴れるかい!」

「あー?私は構わんよ、別に」

「拳握んな!お前のそれは冗談に思えんのやっ」

持ち前の瞬発力で飛び退いた翼宿が、まるで子供のように舌を出してみせる。一方井宿の声でやや冷静になったつぐみは、懐から出した煙草を一本くわえて、なにか思い付いた風にニタリと笑った。

「井宿、カモン」

「だ?」

数歩近付いてきた姿を横目に、煙草へ着火する。深く肺まで吸った紫煙とメンソールの香りが、まるで麻薬の様につぐみの体を軽くした。煙草はやはり最初の一口が最高である。

そんな事を思いながらご機嫌な様子で、素早く井宿の背後を捉えた。

「だぁぁっ!?速……ッ!」

おんぶというには高く、肩車というには中途半端。出来上がったのはそんなひどい体勢につき、井宿の腰はほぼ曲がったままだ。

「ゆけ!お狐!奴を追うんだっ!」

「つぐみ……重……」

「何だって?」

前を見据えていた視線をぐりっと真下に下ろすと、低い声に井宿の後頭部が僅かにびくついた気がした。

年頃の女子に対して、重いだの何だのは禁句だというのに。

「なんでもない、のだ……。とりあえずこれは危ないから──」

「翼宿を捕まえて……そうだなぁ、一日犬耳の刑にしてくれたら、良いことしてやろう。ほら、発進!」

短く、呻き声が洩れる。

「っ……言ったのだ、つぐみ。あとで覚えておくのだ……」

翼宿が後退するのと同時に井宿の足が"渋々"といった風に床を蹴ると、つぐみは右手を高々と掲げ、左手で法衣の肩口を掴んだ。

つぐみの足では七星士イチの駿足である翼宿を捕まえるのは不可能だが、井宿なら逃げ切られてしまう事はないかもしれない……とふんだのだ。

「どわーっ!来んなー!煙い!」

「わーはは!蒸気機関車ですよー!!」

「どうしてオイラが一番可哀想な役回りなのだーっ!」

長い廊下に響き渡る、つぐみの高笑いと、二人分の悲鳴。



「──今日も平和だな、軫宿」

「そうですね。全くの通常運行です」

背後で一部始終を見ていた軫宿と星宿の生暖かい視線の先を、三人分の影はどこまでも駆けていくのだった。



⇒ごめんなさい会w
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